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世界おやぢ紀行

2012.04.01 公開 ツイート

最終回 第50回

マダガスカルの愉快なおやぢ達 名須川ミサコ

 「今まで行った中で、どの国がイチバン好き?」とよく聞かれるが、いつも返答に困る。
 食事ならイタリアと韓国が好きだし、ワインを飲むならフランスがいいし、アウトドアならカナダやニュージーランドが最高だし、サファリをするならタンザニアが魅力的だし……と、それぞれの国でいいところがあるからだ。
 でも、どうしても1ヶ国挙げて欲しいと言われたら、私は「マダガスカル」と答えている。
 アフリカ大陸の東に浮かぶ島国マダガスカルは、大陸の横に位置しているから小さく感じられるけど、実は日本の1.6倍。グリーンランド、ニューギニア、ボルネオに次ぐ世界で4番目に大きな島だ。
 ここは動植物の宝庫で、しかも生息している多くが固有種というまさに動植物の楽園!! 動物好きの私にとっては、たまらなく魅惑的な島だ。なかでも鼻が前に突き出たキツネザルは有名で、その数、30種類以上にものぼる。
 私がマダガスカルに行くようになったのは、このキツネザルに魅了されたことがきっかけだけれど、行くほどに思うのは、住んでいる人間もまた、キツネザル並みに興味深いということだ。
 マダガスカルでは、まあ、いろんなことが起こった。
 航空チケットを買いに航空会社のオフィスに行ったときのこと。チケットカウンターのおやぢが、意味深な笑顔で私に「ビール飲むか?」と小声で聞いてきたのだ。
 チケットを買いに来たのに、なんでビール?
 しかし喉が乾いていたので「うん」と即答すると、奥のオフィスに通された。
 自分のデスクと思われる一番下の引き出しを開けたおやぢ。なんとそこには、ビール瓶がぎっしり!!
 おやぢは周囲を確認しながら、誰にも見られないようビールをコップに注ぐと、「俺、ビールが好きなんだ」とニンマリしながら、デスクの後ろに身を隠しつつゴックンゴックン飲み始めたのである。
 営業時間中に、しかも初対面の私を誘って飲むなんて、なんと大胆な。

「トゲの森」と呼ばれる乾燥地帯を4WDで走行中、突然、目に激痛が走ったことがある。ゴミかと思い、水でジャバジャバ洗い流すがまったくもって痛みは治まらず、返って痛みが増すばかり。そのうち瞼はみるみる腫れ上がり、お岩さん状態に。
 そんな中、医者がいない僻地だから、村人たちが呪術師を呼ぶ呼ばないですったもんだ。
 結局、浮遊しているサボテンのトゲが目に刺さったのでは、ということになり、村のサイザル麻工場で働く「トゲ抜き名人」がやってきた。
 彼女は私の目の中を凝視したり、瞼をひっくり返したりしたあと「トゲが7本刺さっている」といい、私の目に指を突っ込んで、いとも簡単にトゲを引っこ抜いてくれた。
 さて、翌日も心配して宿泊場所まで来てくれた名人。「まだ4本刺さってる」と合計11本のトゲを抜いてくれた。今、私がこうして元気でいられるのも、トゲ抜き名人のおかげです。

 深夜、とある宿にチェックインしようと行ってみると、電気は消え、鍵もかかっていて中に入れなかった。そこで、宿の前の植え込みで寝ていた門番とおぼしき男を起こし、チェックインをしたいと伝えると、彼は庭から小石を何粒か拾い、それを宿の2階のある部屋目がけて投げ始めた。
 すると建物の中からは犬の鳴き声が。1匹や2匹の鳴き声じゃない。
 犬の鳴き声で起きたのか、2階の部屋の電気がつき、しばらくして宿の入口が開いた。眠そうな男の後ろには、なんと10匹以上の犬がぞろり。犬種もすべてバラバラで、どの犬も信じられないほど汚かった。洗ってあげればいいのに、と、ふと従業員を見たら、人間はそれ以上に汚れていたので納得。きっと犬どころじゃないのだ。
「こちらの部屋へどうぞ」と案内された部屋を見て、さらに驚愕。ベッドの上に、猫が丸まって寝ていた。

 ほかにも、運転中に行く先々の酒屋でラムをグイ飲みするタクシー運転手や、「日本へ持ってけ持ってけ」と私の胸ポケットに小さなカメレオンを無理矢理突っ込もうとする保護区の係官や、森の中を歩きながらゲぇーゲぇー吐きまくるひ弱なガイドなど、マダガスカルには不思議な「おやぢ」や「事」が満載だった。
 なかでも、短時間に強烈な印象を与えたおやぢは忘れられない。それは、山あいの小さな村の食堂でごはんを食べていたときのこと。隣のテーブルに座っていた地元のおやぢが、「座っていいか?」と私のテーブルにやってきて、突然、村のとある風習について熱く語り始めた。
「割礼って知っているでしょう?」
 私は「割礼」という英単語やフランス語を知らなかったので、「知らない」と答えると、おやぢは股間を指差して「おちんちんをカットするあれ!!」と言うので、割礼のことなのだとようやく理解した。
 で、割礼が何か?
 おやぢは私からノートを奪い取ると、男性のシンボルをさらさらと描き始め、
「マドモアゼルいい? 割礼というのは、ここをカットするの」と、ボールペンでカットする部分に線を引いた。
 私は割礼という儀式は知っていたけれど、どこをどう切るのか詳細についてはまったく無知だったので、かなり衝撃を受けた。
 おやぢが描いた絵によると、男性器の先を数cmバッサリ切り落とすことになっている。
「マドモアゼル、ここではね、その切り落としたものを2等分して、ひとつは割礼した子のお父さん、もうひとつはお爺ちゃんがバナナと一緒に食べるんですよ」
 信じられない。切り落としたナニを、お父ちゃんとお爺ちゃんがバナナと一緒に食べる?
「今ね、割礼したばかりの子がそこにいるから、見てみる?」
「いやいや、いいです。ぜんぜん見たくないです」
 しかしこのおやぢ、割礼の話をなぜ私に?
 未だ謎の割礼儀式。今でもときどき思い出しては、無性に真相が知りたくて眠れなくなる。おやぢとは10分ほどしか会話していないのに、数年経っても私の脳裏に深く刻まれたままだ。こうなったら、またしても「メモリークエスト」で高野秀行さんに調べもらわなくては!! 高野さん、ぜひ割礼儀式の謎を解き明かしてください、よろしくお願いします。

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世界おやぢ紀行

幻冬舎ウェブマガジンの人気連載「メモリークエスト」の高野秀行さん(辺境作家)をして、「こんな女の人、見たことないよ!」と言わしめた名須川ミサコさん。異常なまでの好奇心が嵩じて、世界約50カ国を放浪。各国に生息する”どうしようもないけど愛すべき”おやぢ達に求愛されたり、振り回されたり、追いかけ回されたり……。※おやぢ:世間の常識とは一線を画す、おバカでキュートな中高年男性。

※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2012/04/01のみの掲載となっております。

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名須川ミサコ

1962年岩手県花巻市生まれ。トラベル&フードライター。雑誌、新聞、機内誌、政府観光局ホームページ&パンフレットなどを中心に執筆。飲み屋街に自宅があったため、幼少期より身近に酒がある特殊な環境で育つ。マーケティングコンサルタント会社勤務時代にに休暇で行ったケニアの大自然に感動し、アジア・アフリカを頻繁に旅するようになる。その後、ライターに転身。世界約50ヶ国を旅し、「こんなに酒が強い女はみたことがない」と言われ続けているのが自慢。日本旅行作家協会会員、雑穀エキスパート、ジュニア・ベジタブル&フルーツマイスター。著書に「うまい!簡単アウトドア料理150」(JTB)。現在IBC岩手放送ラジオ「女の遠吠え」に出演中。http://iwatefood.com/ 愛猫との日々を綴ったブログ

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