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2016.01.31

真骨頂“動機”を昇華した10年目の天野ミステリー(天野節子『午後二時の証言者たち』)

河村道子

真骨頂“動機”を昇華した10年目の天野ミステリー(天野節子『午後二時の証言者たち』)

『午後二時の証言者たち』
天野節子
幻冬舎刊/1500円(税別)

 

 じっとりとした視線。それを縫う、こちらの背筋まで伸びていくような端正な筆致。4年ぶりとなる新作はやはり“天野節子”そのものだ。35万部を超える大ベストセラー『氷の華』で衝撃のデビューを飾って以来、一作、一作丹念に時間を費やし、けっして途切れることなく書き続けている佇まいがずっしりと伝わってくる。『目線』、『烙印』、『彷徨い人』と天野さんの作品を読んでいると、“ぬばたまの”という枕詞がいつも浮かんでくる。ミステリーという暗がりが掛詞となり、浮かびあがってくるのは人の持つ“闇”“黒”“夢”。本作では、それらが7人もの視点人物を通して描き出される。

『午後二時の証言者たち』は、ぬばたまの“夜”から始まる。漆黒の闇を掻き分けて近づきゆく目標の人物に、みずからの罪を知らしめるための“ある形の死”を授けようとする犯人の視点から。

 近所に住む8歳の女児が乗用車に撥ねられ、病院に搬送されたがまもなく死亡─本作の入り口となる、三面記事の僅か数行で伝えられる事故は、毎日のように私たちの目に飛び込んでくる。“気の毒に”“家族の嘆きはいかばかりか”と悼みの想いを巡らせたところで、それはきっと束の間のことだ。所詮他人ごと─ストーリーは日常でふと感じる、そうした思いのループに入り込んでくる。

 冒頭の章「室井啓三の習慣」で語られる外科医・室井もそんなひとりだ。救急隊員から受け入れ要請があったものの“うちは救急指定病院ではない”という理由で拒否、15分もかかる別の病院に運ばれた後、死亡した女児のことを翌朝の新聞で目にしても、“死んだのか”という確認にも似た思いが過るだけ。仮にその子を引き受けたとしていても、腹部内の動静脈損傷では事故後の経過時間からみて救命は無理であったと。それは確かに事実であり、彼の言うことは真っ当で社会的制裁を受ける謂れもない。だが物語はタイトルに掲げられた彼の“習慣”を執拗に追っていく。そこで読む者の“目の色”は一変する。「人間を描きたい」という天野さんが一貫して追求し続けるテーマがここにある。それが本作ではトラップにも、幾本もの糸が複雑に絡み合う真犯人の動機にもなっていく。女児を撥ねた「永光幸太の愚行」、事故の目撃者である「寺島初実の独白」……人間の愚かしさは、それがたとえ小さな点であっても何らかの偶然で結びついてしまうことがある。誰が女児─羽生桜子を“殺したのか”。事故から9カ月が経ち、その悲劇が忘れ去られようとしていた頃、係わった人たちの間に凄惨な殺人事件が起きていく。

 “動機が見えた!”。刑事視点となる「熊谷刑事の聴取」で、彼があげる快哉に、“やっぱり”と頷きそうになるかもしれない。だが、そこからが“動機”を真骨頂とする天野ミステリーの幕開けである。ひとり娘・桜子を亡くしたシングルマザー、羽生志摩子は、冒頭から人々の会話のなかに時おり登場してくる。その彼女が事情聴取のために生身の姿を現わしてくると、ストーリーの色はまた変化する。“娘を亡くした気の毒なシングルマザー”というワードから浮かぶ思い込みは一転、物語はにわかに華やかささえ帯びてくるのだ。

 天野さんの描く女性は実にリアルで魅力的だ。そこには“60才の大型新人”としてデビューをするまでの、40年にわたる社会生活のなかで会得された“人を見る目”が投影されている。外科医・室井の愛人、小杉真知子の淡泊なしたたかさ、彼女と因縁浅からぬ元同僚の看護師・高橋郁子の歪んだ自尊心、困窮した生活に理不尽さを覚える目撃者、主婦・寺島初実の委縮した狡さ……次々と登場してくる幾人もの女たちが抱えるそれぞれの事情と気性。入念にキャラクターが構築された彼女たちは、意外なところで絡まり、繋がり、あらぬ方向へとミステリーを連れていく。

 だが、天野さんがこの作品で真に描きたかったのは、驚愕の展開でも仕掛けでもなかったことが、ラストで心に落ちてくる。罪を犯さざるを得なかった動機を描ききりたい─デビュー時から自身の主題として掲げているそのことが、本作ではさらに昇華されている。そして最後のページを閉じたとき、胸に沁み渡っているのは、その動機とともに犯人が抱き続けていた茫洋たる孤独だ。

「書くことで世間と繋がっていたいのです」。『氷の華』刊行時のインタビューで天野さんは晴れやかにそう語った。独身で、身内もいらっしゃらない天野さんにとって、孤独と向き合っていくことは以前から人生のテーマだったという。そのなかで選んだ“書く”ということ。誰かとたしかに繋がっていく作業だが、それもまたひとつの孤独だ。今年は作家生活10年目の年にあたる。その節目に刊行される本書は、“書く”という孤独と向き合い、その想いを熟成させながら、ひたむきに執筆に取り組んできた女流作家の時間が、精緻なミステリーとともに熱く、美しく、凝縮されているようだ。

『ポンツーン』2016年2月号より

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