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2016.02.21

丁寧に掬いあげた現代日本。何気ない感情が社会を動かす(平山瑞穂『バタフライ』)

池上 冬樹

丁寧に掬いあげた現代日本。何気ない感情が社会を動かす(平山瑞穂『バタフライ』)

『バタフライ』
平山瑞穂
幻冬舎刊/1500円(税別)

 

 冒頭に、「ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」(エドワード・ローレンツ)というエピグラフがある。わずかな変化で遠く離れたところに大きな波及効果があるのかどうかを問いかけるもので、いわゆるバタフライ効果といわれる。その目に見えぬ波及効果を、作者はあらわそうとしたのだろう。

 物語は、夏の午前4時、13歳の尾岸七海が浅い眠りから目覚める場面から始まる。

 母親は七海が小学3年の頃にアレをつれてきた。“七海、あんたにもお父さんがいないと”といって。だが、アレは最低だった。仕事をせずに母親にたかっているし、七海に手をだして自分のいうことをきかせようとする。もう限界だった。ゲーム内のチャットに「北区在住であたしのリアル義父を殺してくれる人募集」と書き込でしまう。反応があったのは「えとろふ」だった。同じ中学2年で北区在住とわかり、いちおう保険として頭にいれておくことにする。

 このあと物語は、次々と視点人物が変わっていく。すなわち亡き妻を思いながら朝の散歩に出る元教員島薗元治、崖っぷちにたたされたネットカフェ難民の永淵亨、父親が経営していた工務店を継いだ設楽伸之、家に引きこもりの“えとろふ”こと山添択、スマートフォン向けアプリ制作会社で上司に苦労させられている黒沢歩果、そして義理の娘を犯すことしか考えていない尾岸雅哉などが出てきて、それぞれの日常がゆっくりと語られていく。

 つまり、元教員の島薗は若者たちの傍若無人ぶりを嘆き、永淵は元カノに借金を申し込もうとし、設楽は会社経営の苦労を語り、山添は七海に恋心を抱き、黒沢は上司とトラブルを起こした同僚の話を聞き、雅哉は怪しげな男たちとぶつかりあうという具合である。

 バタフライ効果を描いた作品には、映画になるが、『バタフライ・エフェクト』(2004年。監督・脚本:エリック・ブレス&J・マッキー・グラバー。主演アシュトン・カッチャー)がある。過去に戻り、出来事に修正を施す物語で、小さな修正が色々なところまで波及するのがなかなか面白かった。映画は世界的に人気を博して(この映画ではじめて「バタフライ効果」が一般的になったといっていい)、『バタフライ・エフェクト2』(06年)『バタフライ・エフェクト3/最後の選択』(09年)とシリーズになったのだが(主人公を変えてみな違う内容である)、そのほかにも作品名が思い出せないのだが、同じテーマの作品がいくつも作られている。

「ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」という問題は、物語的には、些細なことがどこまで過激なものを引き起こすに至るのかという興味へと変わり、ハリウッド映画的にはどうしても大きな惨状を求める。そのほうが派手派手しい映画向きであるからだ。しかし平山瑞穂はそうしなかった。

 平山瑞穂は2004年に『ラス・マンチャス通信』で第16回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した作家なので、もっと大胆なSFファンタジー系に飛翔するのかと思ったが、あくまでもリアリズムに徹して、いわば社会派ミステリのような形にしている。作家のブログを読むと、毎回作風を変えていくことを課しているところもあるから、あえて難しいところに狙いを定めて、バタフライ効果を丁寧に追いかけたのだろう。

 その成果はまず、面白い群像劇としてあらわれている。さまざまな年代の人物を次々に登場させて、意外なつながりをもたせ、大きな事件へともっていくという手法は、日本の群像劇のパイオニアの奥田英朗(『最悪』『邪魔』)や恩田陸(『ドミノ』『ユージニア』)などが見事に使いこなして傑作を送り出しているが、平山瑞穂も七人を出入りさせて、一日に限定してよく描いている。特にそれぞれの生活ぶりがしかと捉えられている。

 海外と比較すると物語のスケールが小さいのが気になるが、個々人の内面も生活も、それぞれに寄り添いきちんと捉えてあるし、細部が練られていて、読者の共感(悪役に関しては反感)をよぶものがある。悪役がそれなりに痛い目にあうのは気持ちいいし、えとろふのように、何かが契機になり、変わらざるをえないことを自覚して、ゆっくり前向きに生きようと一歩踏み出す姿もいい。欲をいえば、ネットカフェ難民の永淵にもっと別の出口を用意してあげても良かったのではないかと思うが、そこまですれば絵空事になっただろうか。現代社会のいちばんの歪みをいちばんうけている永淵こそ、作者にとっては書きたい存在の男なのかもしれない。

 ともかく多様な人物を交錯させて、日本のいまの社会を丁寧に掬いあげている。なにげない善意も悪意も、ふとした勘違いも、さまざまなことを引き起こすことを如実に示す恰好の小説だ。

『ポンツーン』2016年1月号より

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