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猫と人と古民家と

2011.09.01 公開 ツイート

第13回

猫楠舎とともに 南里秀子

  8月は本業であるキャットシッティングが繁忙期のため、東京を離れられず、和歌山の猫楠舎に行けたのはお盆も過ぎた2日間だけだった。
 せっかく完成したのだから、せめて1ヶ月に2回くらいは行きたいところだが、猫楠舍改修工事費の借金を返済するにはしっかり働かねばならない。おまけに「やはり、渡り廊下には屋根が必要だ」とか、「離れのシステムキッチンを撤去して、タイルの洗面台を乗せる台を作らねば」といった追加工事が目白押しの状態で、まだまだ当分は資金繰りモチベーションを高く保てそう、ははは。
 そして、猫楠舎に住むミョウコウさん(私の母 92歳)とナカヤマ(猫の森社員 オンナ42歳)の共同生活も4ヶ月目に入った。順風満帆とは言い難いが、紆余曲折しながらもふたりが元気でいてくれることはありがたい。
 先日は畑で採れたスイカと、目の前の玉の浦で釣り上げたイシダイを塩焼きにして、助っ人のジェイソンと4人で食べた。スーパーで買ったものではない天然もの。形は小さいが、しみじみとした味。
「昔のスイカの味だ。懐かしいなぁ」
「イシダイの身の締まって、美味いこと!」
 猫楠舎にはささやかな贅沢があると、実感する日々だ。

 さて、4月から離れに仮住まいをしていたナカヤマは、7月下旬に晴れて蔵を改装した我が家に引っ越しをした。
 購入当初、トタンで覆われていた蔵の外壁は美しいしっくいに塗り替えられ、2階の南側には窓がついた。内部には広い階段が設置され、重厚な梁を活かしつつ、ナカヤマがセレクトした家具が置かれて、雰囲気のある空間になった。
 埃まみれ、汗だらけになって蔵のガラクタを運び出した助っ人たちが見たら感激するに違いない。
 さらに右鎖骨骨折の傷が癒えたナカヤマは毎日教習所に通い、大方の予想を裏切って、試験を一発合格し、運転免許を取得してしまった。
「免許は取りましたけど、なるべく運転はしたくないです」
 などと言っているが、場数をこなして車に慣れてもらうしかない。大丈夫、大丈夫、なんとかなるさ。

 近い将来、船に乗り、漁に出るのだ!

 広く明るい正面玄関はウエルカムな雰囲気になったと自負。

 

深夜に目覚めて

 猫楠舍に私の部屋はないので、行けば母屋の道場に寝泊まりする。夏は三方を網戸にして、月明かりに照らされた庭を眺め、虫の音を聞きながら眠りにつく。
 蚊取り線香の香り、時折鳴る風鈴の音も心地よい。
 夜中に目覚め、
(ここはどこだっけ?)
 とあたりを見回し、
(あぁ、今猫楠舎に来ているのだった…)
 と気づいた。
 道場の真ん中に敷いた布団から身を起こす。
 道場の障子をすべて取り払っているので、石を敷いた20畳の広さの土間も、庭に面した縁側も、床の間を配した6畳間も、月明かりで見ることができた。
 よくぞここまで再生してくれたものだと思う。
 棟梁から聞いた話では、母屋の柱の大半がシロアリの被害で崩壊寸前だったという。
「放っておいたら、あと1年持たなかったんちゃいますか」
 そんな状態でも私はこの家に強烈に惹かれたのだった。
「築200年の家なら、これから先200年長持ちする家にしよう」
 そう心に誓って、動き始めた古民家再生計画だったが、怒濤のごとくさまざまな試練が襲いかかってきた。
 資金面、人間関係、体力、気力。終始この家の家魂様から
「本当におまえに、この家に見合った実力があるのか?」
 と試されていたように感じた。
 新築の家を建てるほうが、格段に安上がりで、苦労も少なかったろう。だれを信じていいのかわからなくなった時期もあった。資金繰りは綱渡りのような状態だったし、震災や愛猫との別れで心が折れそうになったことも度々だった。それでも今私は、この家とがっぷりよつに組めてよかったと思う。
 猫楠舎と名付けたこの家と私は改めてつきあいをスタートさせる。
 できれば、試練の時期は過ぎ去ったと思いたい。今後はお互い手を取り合い、二人三脚で歩んでいきたいものだ。
 そして、やがて私が死んでも猫楠舎は残る。猫の森が継続し、この猫楠舎がその拠点として残ってくれたら本望だ。
 猫楠舍を第二の実家として、訪ねてくれる人がありますように。
 猫を介して、人の輪が広がりますように。

猫楠舎の3つの「わ」。
  和 なごやかに
  輪 輪になって
  環 循環して行く

実際には課題は山積みだが、やるべきことがあるというのは生きる励みになる。
 おそらく、これが猫楠舎から私へのギフトなのだ。
 

 猫楠舍の心臓部ともいうべき台所、食がみんなを繋いでいく。

 今まで、こんな立派な梁を隠していたなんて、ね。

 

猫楠舎の朝がきた

 朝5時、蔵のナカヤマが猫の銀次を連れて、母屋に出勤してくる。
「涼しいうちに石垣の草取りをしてきます」
 3匹の猫トイレを掃除し、猫たちにご飯を出すと、彼女は外に出かけていく。
「さて、今朝はお味噌汁の具は何にしよう」
 中山と入れ違いに、離れから廊下を渡って、ミョウコウさんが台所に顔を出す。お仏壇と神棚にお供えをあげてから、朝食の準備にかかる。
 道場では、助っ人のジェイソン氏が釣り竿の手入れをしている。

 猫楠舍の象徴、私のお気に入りの、まん丸お山が真っ青な空にくっきり浮かび上がって、笑いかけてくる。
 玉の浦はキラキラと光って、小型船舶が次々と沖に出ていく。
 庭に、イソヒヨドリの軽快で澄んだ鳴き声が響き渡る。
 畑には、近所の猫が散歩に来ている。
「おはよう、元気かい?」
 柿の木の根元に咲いた白百合、土間ショップのカウンターに飾ろうか。
 愛しの猫楠舎、今日もよろしく!

土間から見た道場の向こうに日本庭園 風の通り道。
 
床暖房を入れた土間はアンティークショップと談話室にもなる。
 

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猫と人と古民家と

東京在住のキャットシッター・南里秀子が和歌山の古民家に一目惚れ!「ついに見つけてしまった、私の古民家、うふ、うふ」運命の出会いに心ときめかせる日々もつかの間、築200年の古民家は、そう簡単に道を開いてはくれないのであった……。試されるは、己の信念?次々にふりかかる幾多の試練を乗り越えて、理想の家を完成させられるのか!?現在進行形! 古民家再生(ときどき、猫)エッセイ。

※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2011/09/01のみの掲載となっております。

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南里秀子

茨城県つくば市生まれ。生後2日目から猫と暮らし始める。大学卒業後、数々の転職をくり返し、33歳で日本初のキャットシッターサービスを開業。2002年に多摩で「猫の森」施設をオープン。 2006年猫の森株式会社として法人化。著書に、『猫パンチを受けとめて』『猫、ただいま留守番中』『猫の森の猫たち』(全て幻冬舎文庫)などがある。現在いっしょに暮らす猫は、ズズ、ミン、玖磨、月子、ちゃんたろうの5匹。

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