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2011.11.01

第20回

旅の終わりに

田渕 久美子

旅の終わりに

  私はスピーチが嫌いだ。
 嫌いを超えて、できたら他の星に逃げたいとさえ思う。
 賞をいただいても、スピーチいやさに、その賞をお返ししたい気持ちになることすらある。さまざまな会や結婚式などでは、スピーチが終わるまで食事の味がしない。
 そんな私は、しかし、あちこちで講演の仕事をしている。それはそれほど苦痛ではなく、対談形式のトークショーとなると楽しみなくらいだ。
 講演は時間だってずっと長いのに、なぜ? とお思いだろう。私も分析してみた。結果、私のスピーチ嫌いは、誰に向かって話せばよいかわからないからだということがわかった。つまり、私の話の内容が、その場にいる人たちの胸に届けばよいが、全然おもしろくなかったらどうしよう。そればかりか、誰かに苦痛を与えてしまったら? そんなことを考えているうちに、えーい、投げ出してしまいたいと、やけくそな気持ちになるのだ。
 それに比べれば講演は気持ちがラクだ。少なくとも、私の話を聞こうという思いで集まってくださっている方ばかり。すべっても転んでも許していただけるような気がするからだろう。そういう意味では記者会見も同じ。私の意見だけを述べればよいのだからいくらでも話せる。ラジオ出演もテレビの仕事も苦痛はゼロ。ほとんど緊張もしない。
 でも、しつこいが、スピーチはだめ。
 だから、その日も、私の気持ちは果てしなく暗かった。
 その日とは、そう、大河ドラマの「撮影終了を祝う会」の日のこと。つまり、いわゆる打ち上げパーティーが渋谷のホテルで盛大に執り行われることになっていたのだ。
 一年と数ヶ月にわたる長い長い撮影が終わったその日は、俳優たちやスタッフが互いの労をねぎらいたたえ合う特別な日である。しかも大河ドラマとなると、会の規模も華やかさも盛り上がりも他のドラマとはまるで違う。
 その席で、まだ酒も入らず、厳かな空気さえ漂う中で、NHKの会長の次にスピーチしなければならないのだ。ああ、苦痛だ。逃げたい!
 原作者であり、脚本を書いた人間として、堂々と言うべきことを言えばよいのだが、すでに作品を創り出すことで燃え尽きた私が取りたてて言いたいこともなく、というか、作品について今さら語るのもヤボな感じがしてしまう。では、監督の腕を褒めようかと思えば、8人はいる監督のどなたのどの作品と限定して言うわけにはいかず、俳優さんの演技に唸ったと言いたいが、これまたどの方とも言えないではないか。
 結局は、いつも通り、共に仕事ができたことへの感謝を述べるということになるのかなと思いつつ壇上へと向かったのだが、そこで私が語ったのは、50作目となるこの作品が、特別な年に作られたことの意味だった。つまりは、3月に起きた大震災について、その圧倒的な現実の前で、作品を作ることの限界を感じたこと。いま目の前にある「死」の前で、ドラマの中の死が果たして人の心に届くのか。戦国の世の悲しみは、現実の悲惨の前で立ち尽くす人々にとって、ただの作り物に過ぎないのではないか。しかし、それでもなお、創り続けなければならない事実、そして、最終的には、ドラマが持つ力を再認識し、それを視聴者の皆さんに届けることに意味を見いだすことに至ったことについて語った。
 そして、同時に、「未曾有の大震災」が起きたその年に放送される運命を担っていた『江』という作品。それを書く運命を、それを作るスタッフとしての運命を、またそれを演じる運命を、それぞれに担った私たちは、特別な絆で結ばれているのだなとも感じていた。あの澄んだ目でこちらを見つめてくる上野樹里さんがいつにも増して愛おしく感じられ、俳優さんたち、スタッフ、支えてくださった多くの方が、会場にいるすべての方が、そしてドラマを愛してくださった視聴者の方たちへの感謝の思いがあふれ、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなるという浮遊感のようなものを体験した。本当に不思議な感覚だった。
「祈り」を込めて書いた作品であること、それだけは胸を張って語れることでもあった。
 というわけで、スピーチしながら、自分の思いを再確認するという、よくわからない展開を見せつつ私の挨拶は終わり、続いて、徳川家康役の北大路欣也さんの乾杯のご発声で酒樽を割り、皆で盃を上げ、宴は始まったのであった。
 楽しい一夜だった。
 会うたびに、原稿を書く大変さに触れ、私の体調を気にしてくれた樹里ちゃん。あなたこそ大丈夫? と何度聞き返したことか。主役という重荷を下ろしたせいか、以前より軽やかで明るい印象だった。これまた大役を終えた水川あさみさんと大いに盛り上がっていた(宮沢りえさんはビデオレターでの参加。残念!)。
 「台本が届くのが楽しみで仕方がなかった」と言ってくださった秀吉役の岸谷五朗さんはいつもながら男の色気むんむん。市とナレーションをやり遂げられた鈴木保奈美さんはやはり美しかった。江の父・浅井長政役の時任三郎さんの笑顔にやられ、斉藤工さんのイケメンぶりに、私のマネージャーなどはため息をついていた。
 幅のある役を見事に演じきった秀忠役の向井理さんが、「楽しかった。もうちょっと長く演じたかったですよ」とおっしゃったので、それはこちらのセリフ、もうちょっと早く出ていただけばよかったと後悔していると話した。

 北大路さんは、十代にして家康を演じられたとか。「この家康を演じることで終止符が打てた」とまで言ってくださり、涙が出るほど嬉しかった。それにしても、七十三歳という年齢で、あれほど「現役の男性」を感じさせる人は稀だろう。誘われたらふらふらついていってしまいそうと周囲の女性たちは言う。私もついていく。
 仕事の都合で出席できない俳優さんたちも多かったが、この場を借りてご一緒できたことにお礼を申し上げたい。
『篤姫』でもご一緒した、音楽の吉俣良さんからは、「田渕さん、もう絶対に大河やらないでね。僕もう絶対に嫌だからね」と念押しされた。「本当にイヤ?」「絶対に嫌! こんなに苦しい仕事はない!」「私も同感。でも、本当にもうイヤ?」「うーん……十年後くらいなら……」とのこと。「生み出す苦しみ」を味わった者同士、通い合うものがある。でも、大河をやるもやらないも、NHKさん次第。もうお声がかからない可能性大だ。それでもお仕事をいただけたら? うーん、やっぱり十年後なら……。
 二次会には行かなかったため、監督やスタッフさんたちとゆっくりお話はできなかったが、彼らのご苦労を思わない日はなかった。感謝の言葉もないとはこのことだとしみじみ思う。本当にありがたい。 そして、二人のチーフ・プロデューサー、屋敷さんと櫻井さんと、改めてゆっくり話がしたいと思う私。作品を生み続けられたのは、間違いなく彼らのおかげだ。

こうやって書きながら、ああ、本当に終わったのだなと改めて思う。約三年間の『江』とのつき合い、『篤姫』を入れると六年だ。長い長い大河の旅を終えて、私も次に進もうとしている。六年間でついた筋肉がどれほどのものか、それを試してみるのが少しばかり楽しみな私でもある。なんて、ついたのはぜい肉ばかりじゃないかと言われたりして。

 いやいや、そんなことはないと信じつつ。
 ただ前へ前へと進むのみにござりまする、と、江のセリフで締めくくる私であった。

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