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2016.01.14

第一章 難波村に彦八あり  〜彦八と里乃

(14) なんとか里乃を笑わせたい。説法の僧侶に笑話の手ほどきを請うが、断られてしまう。

木下 昌輝

(14) なんとか里乃を笑わせたい。説法の僧侶に笑話の手ほどきを請うが、断られてしまう。


上方落語の祖といわれ、笑いを武器に権力にも屈しなかった伝説の男・米沢彦八。その知られざる彦八の生涯を描いた注目作!! 毎週火・木・土の週3更新です。

 

第一章 難波村に彦八あり 〜彦八と里乃

(十)

 やっぱり、この坊さんは説法より笑話の方がおもろいなぁ、と彦八は考える。若い坊主が、身振り手振りを交えて面白可笑しいことを話していた。 

『あるとても高名な住職の弟子がですね、夜中に長い竿を持っとったんですね。そして、庭でこうやって、その竿を一生懸命、空に向かって振ってはるんです』

 僧侶は、鍛えた声を客たちに惜しげもなく振りまいている。

『そしたら、住職はんがその様子を見つけはって、「そんな長い竿を振り回して、何をしておるのじゃ」と、厳しい顔で言ったんです。弟子はですね、住職同様に真面目な顔で、こう答えました』

 何気ない顔で間を置いて、僧は続ける。

『夜空にある星が欲しいので。竿に当てて落とそうとしておりました』

 小さな笑いが、さざ波のようにやってきた。若い談議僧は、さも残念という表情でため息をつく。

『いやはや、鈍な奴よのぉ』

 住職になりきった若い僧の言葉に、皆がウンウンと頷く。

『そして住職、屋根を指さして、うつけな弟子にこう説教したんです』

 聴衆を見回しつつ、口を開く。

『その竿の長さでは、屋根に登らんと星には届かん』

 顎を仰け反らせるように、全員が笑った。

 その様子を見つつ、やっぱりこの坊さんに相談しよう、と彦八は決めた。

 笑話が終わり、つまらない説法が始まりかけたので、声をかけた。

「なあ、坊さん、大事な大事な話があるねん。そこの柳の下で待ってるから、説法終わっても、帰らんといてや」

 言い捨てて、膝と手をついて人垣の足の間を抜けていった。

 

「で、なんや小僧、話って」

 若い坊主は、腕を組んで睨んだ。説法は終わり、地に置いた編み笠には嵩の半分を超えるほどの銭が入っている。人夫風の野次馬が数人、彦八と若い談議僧のやり取りを、からかうような笑みと共に見ていた。

「儂の説法を、ただ聞きしてることを悔やんでるんやったら、簡単や、これ持って来い」

 二本の指で銭の丸い形をつくると、少ない野次馬が噴き出した。

「ふざけんといて、めっちゃ深刻な悩みやねん」

 真剣な眼差しで見つめると、若い僧の表情が引き締まった。

「なんや、えらい真面目な顔して。珍しい。まあ、言うだけ、言うてみい」

 膝を折って、目線を合わせてくれた。

 彦八が相談したのは、里乃のことだ。無論、彦八が借財を返せるとは思っていない。せめて、里乃が滑稽芝居を見ている時だけでも笑ってほしい。

「けど、あかんねん。おいらの芸では、愛想でしか笑ってくれへん。心ここにあらず、ゆう感じやねん。なあ、坊さん、あんたは説法はつまらんけど、笑話は抜群や。策伝和尚の『醒睡笑』も読んだことあるんやろ。なんとか、里乃を笑わせる芸を教えてくれへんやろか」

「説法はつまらんは、余計やねん」と、口にしつつも若い僧は感心したように洟をすすった。

「小僧、ええ心がけや。けどな、悪いけど教えられることはあらへん」

 青みがかった頭に手をやる仕草は、まるで謝っているように見えた。

「なんでなん。あんなに面白い話できるやん」

 僧侶は首をゆっくりと横に振る。

「現(うつつ)の世は、残酷や。実際に起きたことの前には、笑話は無力や。だからこその南無阿弥陀仏やがな」

「噓やろ。そんなことないって」

 断られるとは思ってもいなかったので、彦八は僧侶に詰めよった。

「すまんな。少なくとも儂は家が潰れそうになって、苦しんでる女子に、馬鹿な話は申し訳なくて、ようせえへん」

「坊さん、それはちゃうんと違うか」

 野次馬の声に、僧侶と彦八は同時に顔を向ける。腕まくりした人夫が立っている。

「苦しいからこその笑いやろ。小僧の言ってる方が、正しいと思うで」

 僧は静かに首を横に振るだけだ。

「ふん、頼んない坊さんやで。おい、小僧」

 人夫が刺すように指を向けた。

「そんなに女子を笑かしたいんか。せやったら、道頓堀やなくて堂島へ行ってみい」

「堂島、なんでなん」

「今、堂島の辻には、二代目の安楽庵策伝いうお人が辻芸してるらしいわ」

「えっ、ほ、ほんまに」

 思わず、彦八は人夫に駆け寄る。

「ああ、儂は通りがかりに見ただけやけど、確かに『二代目安楽庵策伝』と名乗ってはったわ。年はそこそこいってたけど、えらい男前の坊さんやった。異人さんみたいな、茶色い目ぇしててな。まあ、異人なんて見たことないけど。ほんで、足元には編み笠と一緒に一冊の書物も置いてたな。『真筆 醒睡笑』と書かれとったわ」

 胸を強く激しく打ったのが、最初は自分の心臓だとは気づかなかった。

 ――二代目 安楽庵策伝

 そして幻の笑話集『真筆 醒睡笑』が、この大坂にある。

 自分の足が浮くかのような高揚が、彦八の小さな体を包む。

「これ、あんさん」

 談議僧が人夫を窘めた。

「確かに二代目策伝和尚は、はるばる飛騨高山の地から大坂に来てはるらしい。けど、あんまり期待するようなこと、言うたら酷やがな」

 だが、人夫は僧侶の忠告を無視して、彦八に語りかける。

「天下一のお伽衆と呼ばれた、名人の名を継ぐほどの坊さんが、大坂におるねんぞ。きっと、とっておきの笑話を知ってるはずや」

 ――そうや。何より、誰も見たことのない、あの幻の笑話集『真筆 醒睡笑』を持ってるんや。

「さあ、さっさと行ってこんかい」

 尻を乱暴にはたかれた。言われずもがなだ。

「おっさん、おおきに」

 彦八は叫んで、堂島へと足を駆ける。
 

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