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インド旅行記

2007.04.15 公開 ツイート

最終回 インド旅行記 中谷美紀

ライオンサファリでひんしゅくを買う 


 Tシャツ2枚の上にカシミアのセーターを着てもなお寒い夜を過ごし、まだ暗いうちに起き出して防寒具を着込み、ライオンサファリに出かけた。
 この動物保護区は鹿やサンバル、マングース、イノシシ、サル、リス、孔雀などのほかに、アフリカ以外で唯一野生のライオンが生息する場所であり、アジアライオン最後の生息地である。ジャングルの中に入って間もなくジープの唸るようなエンジン音に、カサカサと動物が動く小さな音が重なった。鹿である。雌鹿や、小さな角の雄鹿をリードするように逞しい角を生やしたボスが優雅に歩いていた。
 頃合を見計らって、もうライオンには出会えないのだろうかと尋ねると、「外国人はライオン、ライオンってライオンにしか興味がないんだから!」とジャナックさんに笑われてしまった。多くの外国人がライオンのみを求めてここへやってくるらしく、少数のバードウォッチャー以外はほかにもたくさんいる野生動物に興味を示さないのだという。
 そう言われてみると、なんだか申し訳なくなって、インドに来て以来珍しくはなくなってしまった孔雀や鹿を見るたびに、「スゴーイ!」と言ってみたりして、欲しくもないイノシシの写真まで撮ってみせたりして、おまけについ口が滑って「イノシシの刺身はおいしんですよ」と言ってしまい、軽蔑の眼差しで見られたりもした。グジャラートは圧倒的にピュアベジタリアンが多い州なのであった。

 

日の出前にテントを出発して東の空が白み始めるのと同時に野生動物保護区に入る。初めて遭遇したのは牡鹿、そしてサンバーという動物だった。

鳥の名前を知っていたら、世界はもっと異なって見えるのかもしれない。

ここは、絶滅の危機に瀕しているアジアライオン最後の生息地。あちらが望みさえすれば飛びかかれるくらいの距離で対面するも、満腹だったのか、幌なしジープに乗る我々にはまるで興味を示さなかった。

350頭のライオンが現存する野生動物保護区で、生活する人々。

 何度でも写真を撮ってくれとせがむ子供たちのかわいいこと!

 

旅の終わり ~ディーウ


 ホテルのレセプションでディーウの名所を尋ねると、教会とか、城塞とか、美術館などと言われたけれど、外国在住らしきインド男性が横から口を挟み、「教会はただの教会で、何の特徴もないし、美術館は君が期待しているような美術館ではなくて、わざわざ行く価値はないよ。そんなことに時間を費やすなら、ビーチを楽しんだほうがいい。唯一見ておくべきなのは城塞くらいだね」と言う。
 ディーウの魅力は、その温暖な気候とゆるやかに流れる時間のような気がする。とりわけ素晴らしいビーチがあるわけでもなく、ポルトガルの面影を残していること以外特徴のある文化が育まれているわけでもないけれど、グジャラート州では禁止されているアルコールを飲みに西洋人たちがやってくるのだとか。
 久しぶりに飲んだキングフィッシャービールはことのほか美味しく感じられたし、日陰で本を読むのは心地よい。生涯をこうしてのんびり暮したいと怠惰な心が求めるものの、そういつまでも遊んではいられない。
 明日は、グジャラート州の州都アーマダバード経由でデリーへ帰る。いよいよ旅の終わりが近づいているのは、寂しくもあり、嬉しくもあった。

 

 ポルトガル領時代の海に面した要塞は、1961年インド勢に奪還されるまで使用されていたのだとか。

 城壁に沿って据えられた大砲は、現在でもその形を留めている。

 海面に浮かぶ建物はかつて牢獄として使用されていたらしい。

 

インドは好きか?と聞かれたら ~アーマダバード


 海辺の町ディーウを楽しんだのもほんのつかの間、アーマダバードへの約8時間のドライブを耐えなくてはいけない。東京⇔デリー間がちょうど8時間に当たり、それだけの時間を後部座席で揺られるのも辛いけれど、運転手のダルバットはもっと辛かろう。
 8時間のドライブを終え、青い瞳にたくましいヒゲでラージプータナ族を気取る誠実な運転手のダルバットともいよいよ別れの時が来た。まだ新しいアーマダバードの空港から、自宅に向かって帰っていく彼の車が凹んでいるのを見て、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
 5ヶ月ほど前、初めて夜のインドに降り立ったとき、ガラムの香りが鼻につき、物乞いや牛の群れが目についたのを思い出す。全てに警戒して、親切から話しかけてくれるひとを無視して歩き、頻繁に消毒を行って、絶対に安全と思われるものにしか口をつけなかった日々もいつしか過ぎて、今では信頼のおけるインド人とも出会えたし、ヘタな高級レストランに入るよりも屋台の食べ物のほうがよっぽどおいしいと感じるようになった。
 ヨガも瞑想も今の私にとっては大切なものだけれど、インドにはそれ以外にもたくさん興味深いものが転がっていることに気づいた。そして、ヨガや瞑想はインドでなくてもできることを優れた先生にも、そうでない先生にも教わった気がするし、この先いつまで続けることができるかは自分でもわからない。
 インドの印象は、二度と行きたくないというものと、死ぬほど好きという二極に分かれると聞いたけれど、私はそのどちらでもない。インドは確かに面白いし、いつか再び訪れたいとは思うけれど、死ぬほど好きかと問われれば、そこまで好きではない。

 

是非はともかく、炎天下に土木事業に携わる少女たちは、強靭な肉体で軽々とこなしているように見えた。

ロータルの遺跡は、4500年前のもの。都市計画が緻密になされ、港湾や排水設備の跡も見られ、当時の暮らしを思うと、ワクワクした。

レンガの精度は現在よりも技術が高く、竈を擁するキッチンもあった。



最後に~

 『インド旅行記』の発売を機に始めた写真連載でしたが、今回で終了となりました。
 この場では掲載しきれなかった写真や、描写力不足で表現しきれない思いがまだまだたくさんあり、お名残惜しいのですが、旅の終わりに伴って失礼させていただきます。
 ご愛読くださった皆様、本当にありがとうございました。
 またどこかでお会いしましょう。

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インド旅行記

たったひとりでインドを3ヶ月以上旅した中谷美紀さん。行く先々で出合った愉快な人々、トホホな事件。そんな涙と笑いの日々を綴った日記が、一冊の本になりました。ここでは、本では掲載しきれなかった素敵な写真を、地域別に紹介します!

※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2007/04/15のみの掲載となっております。

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中谷美紀

一九七六年東京都生まれ。女優。数々の映画、ドラマCMなどに出演。近年の代表作に「嫌われ松子の一生」などがある。絵本、エッセイ集、撮影日記の刊行など、その活動は多岐にわたる。

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