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2016.01.09

第一章 難波村に彦八あり  ~彦八と里乃

(12)今日も滑稽芝居を披露する彦八。しかし、里乃の様子がいつもと違うことに気付く―。

木下 昌輝

(12)今日も滑稽芝居を披露する彦八。しかし、里乃の様子がいつもと違うことに気付く―。

上方落語の祖といわれ、笑いを武器に権力にも屈しなかった伝説の男・米沢彦八。その知られざる彦八の生涯を描いた注目作!! 毎週火・木・土の週3更新です。


第一章 難波村に彦八あり ~彦八と里乃

(八)

「難波村一のお伽衆、八さんこと米沢彦八なぁりぃ」

 彦八が小さな胸を思いっきり反らすと、「待ってました、八さん」と、はち切れんばかりの声援が飛んだ。朽ちかけた祠裏の広場には、ぎっしりと童たちがひしめき、喝采を浴びせている。

 今日も彦八の笑いは好調だ。畑を耕していて雨に降られた百姓の真似から、偉そうに歩いていて、肥だめに足を突っ込んでしまった役人の真似まで。さらに、間に小話を挟むことを忘れない。

 これがまた好評だった。

 笑い声が、あちこちから沸き上がる。舞台にひとり立つ彦八には、その様子は野に咲こうとする花を見るかのようだ。時が滝のように速く流れて、数瞬で季節がひとつ移ろい、つぼみから一気に開花したかのように、あちこちで笑いの花が咲く。

 湧き上がる観衆のなかに、ぽっかりと空隙があることに気づいた。ひとりだけ笑っていない客がいる。さりげなく目をやると、白い稽古着に身を包んだ里乃がしゃがんでいた。首を落とすように項垂れて、横の地面を見つめている。

 ――どないしたんやろう。珍しい石ころでも落ちてるんかな。

 なんとか、こっちを振り向いてほしくて、里乃の通う道場の師範の真似をする。夕立のような笑いが巻き起こるなか、里乃はずっと地面を見ていた。

 

「今日の米沢の八さんの芸は、あかんかったなぁ」

「あー、ほんまに。おいらたちぐらい目が肥えると、芸の違いがわかるよな。最初はよかったけど、後の方は空回りしてたな」

「こういうことが続くと、難波村一のお伽衆の名に関わるでぇ」

 童たちが好き勝手言うのを、彦八は背中で聞いていた。彦八の滑稽芝居は終わり、腕を組んで難しい顔をつくっていた。

 しくじったなぁ、と首をひねる。

 最初は好調だった。辻談義の僧に出会ったのをきっかけに、物まねだけでなく落ちのある笑話もふんだんにいれたのが成功した。

 しかし、中盤にさしかかった時、笑わぬ里乃を見て、調子がおかしくなった。里乃が笑ってくれそうなねたを繰り返すうちに、場の空気が沈み、最後は愛想笑いが申し訳程度に起こるお寒い舞台となってしまったのだ。

 目を閉じると、白けた聴衆の顔が思い浮かぶ。体が震えた。寒くもないのに、金玉が縮こまっている。

 笑ってくれないことが、こんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。存在するはずの自分が、観客の意志によって消されたかのような、無言で巨大な悪意を感じ取った。無論、聴衆に悪意があるわけではない。ただ、あの白けた空気の身を切るような冷たさは、悪意としか彦八には表現できない。

「彦八」と呼びかけられて、瞼を上げた。

 稽古着姿の里乃が、巾着袋を差し出している。

「ああ、親方、おーきに今日のあがりですね」

 彦八の滑稽芝居においては、里乃は女興行主ということになっている。いつも芝居が終わってから、見料の石と貝が詰まった巾着袋の中身を分配するのだ。

 袋を受け取ると、ズシリと重かった。

「うわ、えらい重たいやん。見料二十文にしたのは、正解やったな」

 巾着袋の口を開けると、彦八は自分の眉間が固まるのを自覚した。

 石ころや貝が、ぎっしりとつまっている。いくら、なんでも多すぎる。見料は、芝居ごとに里乃が六、彦八が四の割合で分ける。ちなみに一ヶ月前までは、里乃ががめつく七割を持っていっていたが、交渉の結果、やっと彦八の取り分が四になった。

「なあ、これ多すぎへん。里乃の分、ちゃんともらってる」

 里乃は首を横に振る。

「なんで? そういや、今日は全然笑ってへんかったやん。どないしたん」

 彦八が目分量で里乃の取り分を手で掬い取ろうとしたら、「ええねん、全部あげるわ」と投げつけるように言われた。

 里乃を見つめる。

「なんで、まさか芝居ごっこ飽きたん。それやったらさ、次、もっとすごいことするから。おいら、これからどんどん笑話を舞台に入れようと思ってるねん。だから、読み書きも身ぃいれてやってる。『醒睡笑』読んで、勉強しようって思ってな。そしたら、もっと面白なるで」

「ちゃうねん、彦八」

「なにがちゃうの」

 苦しそうな里乃の返答に、彦八の両手にある石が零れ落ちる。

「心配せんでも彦八の滑稽芝居、すごく面白かったで。うちは大好きやで。難波村のお伽衆って看板にしてから、特に」

「じゃあ、なんで今日、笑ってくれへんかったん」

 首を傾けて頭をかく仕草が、里乃らしくない。何より今日は、一度も目を合わせてくれない。

「もしかして、どっか体悪いん」

 道場で、変なところを打ったのだろうか。立ち上がろうとすると、「いらん心配はせんといて」と笑いかけられた。激しい違和感が彦八の体を包む。

 白い歯を見せているが、笑っていない。里乃が笑う時は、目を糸のように細める。最高に嬉しい時は、喉ちんこが見えるくらい口を大きく開けるはずだ。

「実はさ……おばあちゃんにな……そう……怒られてん。こんな汚い石や貝は捨てなさいって」

 本当だろうか。途切れ途切れに言う様子は、言い訳を考えつつ口にしているように見える。

「だからな、彦八に預かってほしいねん」

「まあ、それやったら、ええけど」

「よかった。ちゃんと持っといてや。無くしたら、承知せえへんで」

 いつもは、握った拳を顔の近くに上げてみせるはずなのに、今日はなぜか優しく懇願する。

 訝しみつつも、彦八には里乃を見送ることしかできなかった。結った髪をなびかせる後ろ姿を、ずっと見つめていた。

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