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2016.01.05

第一章 難波村に彦八あり ~彦八と里乃

(10)彦八の目指す笑いはこの世にないのか。諦めようとした矢先、運命的な出会いが!!

木下 昌輝

(10)彦八の目指す笑いはこの世にないのか。諦めようとした矢先、運命的な出会いが!!

上方落語の祖といわれ、笑いを武器に権力にも屈しなかった伝説の男・米沢彦八。その知られざる彦八の生涯を描いた注目作!! 毎週火・木・土の週3更新です。


第一章 難波村に彦八あり 〜彦八と里乃

(六)

 辻で芸をする様々な人を見た。

 縞模様のついた棒をお手玉する放下師(ほうかし)、首にかけた台の上で人形芝居をする傀儡師、穴の空いた籠を横にして飛び抜ける籠抜け、砂で絵や文字を書く砂文字、太平記や三国志を読む講釈師、歯で咥えた米俵を持ち上げる歯力、琴や浄瑠璃を吟じる辻琴や辻浄瑠璃、いくつもの箱枕を空中で操る枕返し。なかには己の腕を噛んで血を流し、憐れみを乞うて銭を稼ぐ腕香(うでごう)という、訳のわからぬ芸もあった。

 客たちは皆笑っている。だが、彦八は人垣の最前列で腕を組み、胡座をかいて「なんか、ちゃうねんなぁ」と、首をひねった。芸の途中で、四つん這いになって人垣を抜ける。膝についた砂埃をはたきつつ、「困ったなぁ」とため息を吐いた。確かに、辻で芸を売る人は多い。笑いも起こっている。だが、滑稽や可笑しさで破顔しているのではない。

 何より地面に砂で絵を書いたり、箱枕をお手玉のように操る才は、彦八にはない。

 彦八が目指すのは、もっと根源の笑いなのだが、それを上手く言葉で表現できない。もどかしさで、地にある石を蹴った。途中で石造りの天水(雨水)桶に当たり、跳ねる。

 長くなりかけた影を、引きずるように歩いた。

 途中でいくつも人垣ができて、笑いが起きているが、彦八は見向きもしない。

 なんとなく、笑い声の違いがわかるようになってきた。難波村で皆を笑かすときと、芸の見事さで喜ぶときとは、音が違うのだ。彦八が村で滑稽なことをすると、顔だけでなく腹も使って体全体で皆が笑ってくれる。生じる音の大きさと厚さは、今まで見た辻の芸の笑いとは段違いだ。

 ――笑いが銭になると思てんのか。

 難波村で志賀屋の左衛門に言われた言葉が頭に蘇り、足取りが重たくなる。疲労が肩にのしかかるようで、またひとつため息を深く吐いた。

 突然のことだった。

 大気を割るような笑い声が、彦八の耳を襲う。思わず顔を上げた。今までの感心するような笑いではない。もっと根源の、言葉が指になって聴衆の体をくすぐり、腹をよじらせる笑いである。

「こっ、これや、これやって」

 弾けるような笑いの在り処を目指して、彦八は地面を蹴った。

 

 大人の太ももの間から見えたのは、黒い僧服を着た坊さんだった。地につきそうな長い袖が揺れている。剃り上げた頭は青々としており、顔には皺がひとつもなく、まだ二十代前半という若さだ。真っ黒な目玉をせわしなく動かし、何事かを言い放つと、囲む客たちが手を腹にやって笑い出した。

「これやん、これ。おいらがやりたいんは、こういう笑いやねん」

 犬が駆け寄るようにして、彦八は四つん這いで急いで近づく。

 

『とあるところに、お殿様がおりまして……』

 読経で鍛えたと思しき若い僧の声は、大きくはないがよく響いた。

『この殿様が、ひとり新しく小姓を置くことになったんですなぁ』

 喋る坊主の漆黒の目玉が、聴衆を見回す。

『ところが、どうもこの小姓ゆうんが鈍というか、なんというか。その割には、自分が賢いように装おうとするんですわ』

 坊主が相槌を待つかのように、間をとった。

「ああ、うちとこのガキもそうやわ。知らんくせに、知ってる風な体を装いおる」

 聴衆のひとりのぼやきに、何人もの客が頷いた。それを見て、若い僧の目尻が満足気に下がる。

『ほんでですなあ。まあ、ものは試しということで、お殿様は、その賢しそうな真似する小姓に、茶ぁ挽かせてみることにしたんですな』

 右に左に如才なく顔をやりつつ、僧侶は続ける。

『で、やらしてみたんです。ごぉろ、ごろってなもんですわ。けど、やってみたら、これがまずい。やっぱり賢しいふりしてても、根が鈍やから、全然粉になってへん』

 若い僧侶は左の顔を大げさに歪めて、困惑顔を作った。何人かが「さもあらん」という具合に頷いている。

『しゃあないから、「この挽き方では荒い」って殿様が注意したら、その小姓、何て言うたと思います』

 何人かがにじるようにして、坊主へと近づく。

『その小姓、「殿様、これは粗挽きです」って言うんですわ』

 小さく笑いが弾けた。目尻を下げつつも、僧は困惑顔をつくって、殿様の表情を演出してみせる。

『この殿様も、むかっとしたけど、怒るのも大人気ない。せやけど、このままにしてたら調子のって、つけあがると思ったんですな。こう、ぐーって胸はって威厳出して、言わはった。「おや、まあ、お前は日ノ本に、二人とおらぬうつけやなぁ」と。つまり、怒るんでなく、嫌味言わはったんですな』

 青い頭を撫でつつ言うと、含み笑いが彦八の背後から立ち上る。

 彦八は地に胡座をかいて、頭を突き出していた。搗き立てのお餅のように、自分の頬が笑みで柔らかくなるのを自覚する。

『ほんなら、その小姓、殿様の言葉を聞いて顔色変えました。素早く床に両手をついて、真剣な目で殿様を見据えて、こう言ったんですわ』

 囲む聴衆全員が首を突き出し、一言一句聞き漏らさぬ姿勢をとる。彦八も同様に身を乗り出した。

 坊主は、ゆっくりと口を開く。

『いや、日本も広うございますから、お探しになれば、他にもまだ愚か者はございます』

 左義長祭の爆竹が弾けたかのような笑いが起こった。彦八も顎を突き上げて笑い、思わず後ろに倒れそうになる。

 胡座の姿勢を正しつつ、「これや」と心中で叫んだ。

 これこそが、彦八の探していた笑いである。

 口ひとつで、滑稽話を披露して、腹をよじらせ、数百挺の鉄砲が弾けたような笑いを生む。

 破顔しつつ、彦八はぶるりと震えた。叫びたい衝動を全力で抑える。

 やっと、目指すべきものが見つかったのだ。

「えー、阿呆らしい小姓の話は、これくらいにしてですね。そろそろ、本番に移らせてもらいましょか」

 聴衆の笑い声を味わうように、目尻を下げる若い僧侶の言葉に、彦八は「えっ」と大きな声を出してしまった。

 たちまち、皆の視線が集まる。

「坊さん、さっきのまだ本番やないの」

 少し戸惑いつつも僧侶は、「当たり前やないか」と、窘める。

「噓やろ、さっきのより、もっとすごい話、聞かせてくれんの」

「さっきのは、おまけみたいなもんや。今から、もっと大切でありがたい話をするんや。そのために、みんな集まってるんやで」

 僧侶の言葉に、彦八は膝を何度も叩いて驚いてみせた。

「せやから、小僧、耳の穴閉じんと、大きく開けとけよ」

 若い僧侶は彦八を見下ろした後に聴衆に目をやって、「周りの旦さんたちは、耳の穴だけやなくて、財布の口も開けといておくれやす」と言って、またひと笑い巻き起こした。

 

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