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2016.01.02

第一章 難波村に彦八あり ~彦八と里乃

(9)笑いを生業とする人は存在するのか。しかし、そこに彦八の目指す笑いはなかった。

木下 昌輝

(9)笑いを生業とする人は存在するのか。しかし、そこに彦八の目指す笑いはなかった。

上方落語の祖といわれ、笑いを武器に権力にも屈しなかった伝説の男・米沢彦八。その知られざる彦八の生涯を描いた注目作!! 毎週火・木・土の週3連載です。


第一章 難波村に彦八あり  〜彦八と里乃

(五)

 道頓堀には、寺の本堂を思わせる巨大な芝居小屋が建ち並んでいる。どれも大きな櫓を持ち、まるで砦のようだ。赤、黄、緑の色とりどりの幟が立ち、役者の名前や芝居座の屋号が白で染め抜かれている。最近では人形操りと呼ばれる芝居も流行していて、その名人の『井上播磨掾(いのうえはりまのじょう)』といった文字も視界に時折入ってくる。

 彦八は、大人たちの間をすり抜けていく。仇討ちものの芝居が終わったのか、肩を怒らせた客たちを吐き出す芝居小屋があった。威勢のいい足取りに、さすがの彦八の歩みも止まる。大人たちに混じって、細身の肩を勇ましく動かす娘がいた。最近流行の寛文小袖と呼ばれる藤紫の着物を着て、髪には琥珀色の鼈甲の簪をさしている。形のいい瞳と威勢のいい態度に見覚えがあった。誰かに似てるなぁ、と考えていたら、向こうも「あっ」と声を上げた。

「なんや、彦八やん、こんなとこでどうしたん」

 声を聞いて、素早く頭の中で目の前の娘に稽古着と袴を着せると、いつもの里乃の姿になった。

「あー、さてはまたお手伝い怠けたんやろ」

 図星を指されて、彦八は頭をかくしかない。

「里乃こそ、どうしたん。芝居見物?」

「うん、とう様とかあ様と一緒やねん。今日は、そのまま淀屋橋の方で泊まるわ」

 里乃の両親は、大坂の淀屋橋で米商いをしている。難波村にいるのは里乃の祖母だ。元武家の老女傑として有名で、商売を息子夫婦に任せて、田舎暮らしを楽しんでいる。里乃は祖母に懐き、一緒に難波村で暮らしているのだ。里乃が武芸に励むのは、武家の暮らしが忘れられない祖母の影響が強いらしい。

「いくら道頓堀と難波村が目と鼻の先ゆうても、はよ村に戻らんと怒られるで」

「そんなんより、もっと大事なことあるねん。おいらの一生が、かかったことやねん」

「なんなん、珍しく真面目な顔して」

 客を笑かして、銭稼いでる人を探さなあかんねん、と叫びたいが舌が上手く回らない。よく考えれば、馬鹿げたことかもしれない。芝居小屋の演目は、ほとんどが仇討ちや人情もの、悲恋ものだ。たまに滑稽を題材にしたものもあるが、それは十回に一度もない。

「とにかくや、おいらは客を笑かしてる人、探してるねん」

 首を傾げて、里乃は「どうして」と目で訊いてきた。

「ちょっと説明は難しいけど、おいらの将来のためにも、絶対に見つけなあかんねん」

「ふーん、ほんなら、あっちの辻に行ってみたら。ほら、笑い声がするで」

 竹刀を毎日握っているとは思えぬほど細い里乃の指先を目でたどると、確かに人垣ができている。「おおぉ」という感嘆と笑い声が、彦八の耳に届いた。

 

「これは、ちゃう」

 人垣の股の間を四つん這いで進んで、最前列ににじり出た彦八は呟いた。

 目の前には、三方と呼ばれる檜造りの台の上に、片足を乗せて立つ浪人がいる。腰の太刀に手をやり、居合の構えをしていた。ひとりの小僧が野菜を宙に放り投げると、居合が一閃。たちまち、まっぷたつになった。

 喝采が沸き起こり、人々の顔に笑みが広がるが、彦八はねじ曲がる自分の唇を自覚した。

「ちゃうねんなぁ」と言いつつ、また大人たちの股の下を抜ける。

 人垣を抜けると、里乃が両親と歩いているのにまた出くわした。

「なんや、どっかで見たことあると思ったら、米沢屋さんの坊主やないか。大きゅうなったのぉ」

 武士のようなしっかりとした体付きで語りかけたのは、里乃の父親だ。彦八の家はもともと出羽国の米沢という町の出身のため、米沢屋という屋号を持っていた。

「へー、えらい、ご無沙汰してます」

 道頓堀にいたことを、兄に告げ口されたら大事なので、如才なく挨拶を返す。

「どう、彦八、笑かしてた」

 里乃が目を輝かせて訊いてきたが、首を横に振る。

「うーん、もっと違う笑いやねんな」

 手で表現できる訳でもないのに、胸の前で粘土を捏ねるような仕草をしてみせる。

「ふーん、まあ大坂にはいっぱい辻で芸を披露する人おるから、大丈夫ちゃう。あれやろ、次の滑稽芝居のネタ探してるんやろ」

 本当はもっと切実なのだが、説明が難しいので頷いて誤魔化した。

「すごいやん。そしたら、次の彦八滑稽芝居は、二十文でも人呼べるわ。しっかり、笑える芸を探してくるんやで」

 里乃は手を叩いて喜んでいる。

「がめつい女やなぁ」と思ったが、言ってしまえば足払いでもされそうなので、曖昧に笑うだけにする。

「ほな、そういうことやから。あ、あっちで笑い声聞こえるから、行ってくるわ」

「彦八、頑張りや。あきらめたら、あかんで。絶対、探してる笑いは見つかるから」

 しばくように強く背中を叩かれて、里乃の父が「これ」と窘めた。肩甲骨の間が熱くなったが、不快ではなく、すぐに全身を火照らせる。

「うん、里乃、絶対に見つけてくるわ」

 叫ぶように言い置いて、彦八は別の人垣へ向かって走った。

 

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