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2015.12.30

第5回

事実と真実はどう違うでしょうか
――(3)どう構成するか

近藤 勝重

事実と真実はどう違うでしょうか<br />――(3)どう構成するか

 新聞や雑誌で長年健筆を振るい、端正な文章に定評があるコラムニスト・近藤勝重氏。早稲田大学大学院ではジャーナリズムコースの学生を相手に「文章表現」を教える授業を担当しています。そんな近藤氏が新刊『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(幻冬舎新書)に自らのメソッドをまとめました。ここでは本書の内容を、試し読みとしてちょっとだけ公開いたします。
 今回は近藤氏が新聞の社会部として第一線で事件を追いかけてきた経験から、「事実」と「真実」の違いについて考察します。書くことが職業の記者ですが、実は一番大切なのは「聞くこと」なのだそうです。近藤氏に「事実」と「真実」を語ってくれた、ある刑事の話とは?

 

 

 3—多くの事実を得ないと、真実は描けません。
❶聞く/❷事実/❸真実

聞いて知る。すべてはそこから

 批評家、小林秀雄氏が作家の正宗白鳥氏と「大作家論」と題して語り合った際、こんなことを言っています。(『小林秀雄対話集』講談社文芸文庫)

事実に対する興味、これは人間どうしようもないものらしいですね。作りものではない、事実だというだけで、どうしようもない興味が湧いて来る。どうも事実というものには得態の知れない魅力がある。恐ろしいようなものですね。

 そして氏は、戦後の無頼派文学の旗手として活躍した太宰治が女性と玉川上水で入水自殺した事件にふれ、こう続けています。

僕の家内なんか文学にはおよそ縁のない人間ですが、太宰事件にはたいへん興味を寄せる。やれ、すべった跡があったとか、なかったとか。(笑声)女房だけじゃないですよ。僕だってそうですよ、あの事件がなかったら、僕は太宰治の作品を読まなかったかも知れない。小説というものは、そういう人間の弱点に乗ずるものなんですな。

 太宰は入水自殺する前年に没落しつつある旧華族の母子を描く『斜陽』を発表しています。これが「斜陽族」という流行語を生み出すなど何かと話題の作家でしたから、太宰事件はセンセーショナルに報じられたことでしょう。
 一緒に入水した女性は? から始まって、その動機、背景……と事件の本筋を追う記者もいれば、文学的事件の観点から取材する記者もいて、新聞各社の取材競争も大変だったのではないでしょうか。
 ぼくは毎日新聞では京都支局を振り出しに大阪社会部で二十数年、その後、「サンデー毎日」の編集長として東京に移りましたが、大阪で取材した事件名は挙げていけば切りがありません。中でも1979年の1月、梅川昭美という男が大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店に猟銃を持って押し入り、行員2人、警官2人を射殺してそのまま立てこもった事件は強烈でした。『破滅——梅川昭美の三十年』(幻冬舎アウトロー文庫)と題して同僚と本にしたほどです。
 遊軍長として社会部全体を視野に入れて仕事をしていた1985年などは、前年からのグリコ・森永事件に加え、山口・一和会の大阪戦争(山一抗争)、純金詐術の豊田商事事件と続く中で、夏には関西のビジネスマンを多数乗せた日航ジャンボ機墜落事故、秋には阪神タイガースが21年ぶりに優勝し、体力、気力が問われる毎日でした。
 ところで記者というと、「記」の印象で書くことが仕事の中心と思われるかもしれませんが、何を書くにも事実をおいては始まりません。聞いて知る。現場を走り回って事実をつかむ。このあとにくるのが「書く」ですから、書く前の①聞く(知る) ②事実——を抜きに一行の記事も存在し得ないのです。

 聞くべき相手は取材すべき内容によってそれぞれ異なるのですが、事件取材でぼくが好んで足を運んでいた刑事さんには共通点がありました。
 出世コースから外れてはいるものの、みんなから一目置かれている。読書家で、釣り、登山など趣味人。そしてもう一点は、みんなこぞって人間の何たるかをよく知った人間通だったということです。
 落とす。つまり犯人の口を割らすことですが、落としの名人と言われたベテラン刑事はよくこう言っていました。

 「犯人は無理矢理追い詰めたらあかん。人間、誰かて言い分があるやろ。それを聞いてやる。逃がしてやるわけや。それが結局、落ちることにつながるんやな。大坂城かて落城したんは千姫を逃がしたからやろ」
 千姫は徳川2代目将軍秀忠の長女です。大坂落城の際、姫を救出した坂崎出羽守の話はよく知られていますが、その落城の秘話と犯人を落とすことをひっかけて話す刑事さんですから、こちらは聞きあきるはずもありません。
「お前はホンマにアホやなあって一言、犯人の心にはけっこう染みるんや」
 その一言にこんな説明もつきました。

 「アホはバカと違って響きが柔らかいやろ。ぽうっとあったかい感じがある。人間の愚かさをやんわりとわからせるには、バカと叱るより、アホやなあがちょうどええねん。郷土史家やった牧村史陽の『大阪ことば事典』にアホは花曇り、バカは夏の光線と、うまいこと書いてるがな」

 早速その事典を買ってきて、大阪弁の勉強と大阪弁あってのお笑い芸の世界へとのめり込んだのですが、それはともかく、この刑事さんの話にはいつも事実と真実が語られているような気がしたものです。 

事実と真実はどう違うのか

 その前にとりあえず事実と真実はどう違うのかですが、ぼくがいつも手元に置いてある大野晋、田中章夫編『角川必携国語辞典』(角川書店)を引いてみると「つかいわけ」と断ってこうあります。

「事実」は、理想的でもない、空想的でもない、時と場所を占めて、物理的にも心理的にも、実際に生じたこと・あること・経験したことをいう。つまり、ほんとうに起こったこと、あったこと。「事実をかくすことはできない」。「真実」は、虚偽や幻想の反対で、見せかけや形式的であることとも反すること。純粋な、うそをつかない、ものごとのありよう・状態をいう。つまり、うそではないということ。「真実を語りたい」。

 この解釈をもとに先の刑事さんの「追い詰めたら落ちん」という話を考えてみるのですが、ぼくにはウソかホントかはともかく、それまで容疑についてしゃべらなかった男がいろいろ話したというそのこと自体が事実、そしてその話の内容が本当なら真実ということが言えようかと思われます。アホとバカの話でうかがえるとおり、人情の機微を心得たその刑事さんが落とした犯人なら、たいてい本当のことを話したのでは、と思えてなりません。
 

第6回「文章のレベルが即アップする推敲のポイント」は、1月2日(土)公開予定です。

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