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 槇さんへのインタビューが叶ったのは9月13日、東京五輪の招致が決まった5日後だった。ホームページで事務所を検索し、少し緊張しながら、電話のプッシュボタンを押したことを覚えている。テレビニュースでは、滝川クリステルさんの「お、も、て、な、し」、IOC会長の「トウキョウ」の瞬間が繰り返し流されていた、あのころのことである。

 槇さんは1928年東京生まれ。建築界のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」を、師匠の丹下健三さんに次いで日本人で2人目に受賞した日本建築界の重鎮だが、80歳を超えた今も、ニューヨークの米中枢同時テロ跡地に高層ビルを設計するなど、現役で活躍する建築家だ。

「新国立競技場の規模はロンドン五輪のメーンスタジアムの3倍もあるのに、敷地は7割の広さしかない。1300億円と言われているが、まともにやったらもっとかかるという情報がある」「うまくいかないと必ず税金のような形で国民にツケが回る」「五輪というわずか20日足らずの祭典のために100年の景観を壊してもよいのでしょうか」。東京・代官山の事務所で対面した槇さんは、時折柔和な表情をしかめながら、素人の私にも分かるようなかみ砕いた言葉で、しかしとてもはっきりとした口調で、よどみなく問題点を指摘した。

 槇さんは国立競技場の西側に近接する東京体育館の設計をしている。その際、やはり景観上の問題から、体育館がコンパクトになるよう、設計に腐心したという。その苦労の経験から、何よりもまず新国立競技場の巨大さに驚いたそうだ。

 槇さんは私に言った。「この計画は無茶です。おこがましいかもしれませんが、私には建築家として、それを言う責任があると思っています」

 新国立競技場の整備計画には確かに問題がある。2時間近くに及んだインタビューが終わるころには、はっきりとそう感じるようになっていた。

 取材記事は、9月23日付東京新聞朝刊の1面と社会面に大きく掲載された。これが、2年以上に及ぶ長い取材の始まりになるとはこの時は想像もしていなかった。

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本書は、これからまさに正念場を迎える新国立競技場建設についての問題提起であるとともに、森本さんの記者魂があふれて読みごたえあるノンフィクションでもあります。ご興味を持たれたかたはぜひご一読いただけると幸いです。

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