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2015.12.17

序章 天下一のお伽衆 ~初代安楽庵策伝の憂鬱

(2)伝説のお伽衆・安楽庵策伝に出会えた虎丸。弟子にして欲しいと懇請するが―。

木下 昌輝

(2)伝説のお伽衆・安楽庵策伝に出会えた虎丸。弟子にして欲しいと懇請するが―。

今最も歴史・時代小説界で話題の作家、木下昌輝。デビュー作『宇喜多の捨て嫁』がいきなり直木賞の候補となり、同作は高校生直木賞や舟橋聖一文学賞などを受賞。二作目『人魚ノ肉』も山田風太郎賞の候補となる。今回挑むのは、笑いと人情の本格的時代小説。上方落語の祖といわれ、笑いを武器に権力にも屈しなかった伝説の男・米沢彦八。その知られざる彦八の生涯を描いた注目作!! 幻冬舎PLUSにて、初の連載小説がいよいよ開幕!!

 

序章 天下一のお伽衆 ~初代安楽庵策伝の憂鬱

(二)

 「ほっほっ、こら傑作や。この安楽庵策伝の弟子にしてほしいてか」

 虎丸が押し掛けた宿で、小柄な老僧侶は顔中に皺を寄せて笑いかけた。満月のように丸い顔には胡麻粒のように小さな目鼻があり、何ともいえない愛嬌がある。小柄な体は枯れ木のようだが、背筋は弓弦のように心地よく伸びていた。

 優しげな顔とは裏腹に、性根は頑固なのだろうなと、虎丸は思う。

 今、目の前にいるのは、『天下一のお伽衆』と呼ばれた安楽庵策伝その人だ。

「やれやれ、金森の家は、けったいな変わり者ばっかりやなぁ」

 皺をなぞるように、策伝は顔を撫でた。変わり者というのは、戦国大名の実弟でありながら、笑話にのめり込んだ策伝自身のことを言っているのだろう。また亡き兄の金森法印も実子がいながら、養子に家督を継がせた奇矯の藩主だった。さらにその養子の嫡男も、藩を捨て、茶人として一流を打ち立てた変わり者である。

 尊敬する安楽庵策伝と同じ変わり者と一括りにされて、くすぐられたような嬉しさが脇の下からこみ上げる。

「で、虎丸とやら。どうして、笑話なんぞに目覚めたんや。大方、学問がでけへんからやろう」

 口調は柔らかいが策伝の眼には、いつのまにか真剣味が宿っていた。虎丸は、首を横に振って見せる。

「四書五経、孫子、韓非子、呉子を暗誦するほどに読み込みました。が、読めば読むほど拙者の心は虚ろになるばかり。そんな時に出会ったのが策伝和尚様の……」

「こら、噓はつくもんやない」

 これから『醒睡笑』と出会った感動を語ろうかという時だった。

「四書五経に孫子に韓非子を全て憶えたやなんて、大げさなこと言うたらあかん」

 心中で「呉子もでございます」と、付け加えるだけで、あえて策伝が語るがままに任せた。

「虎丸よ、お前の年でそれだけの書を憶えんのは無理や。ええかっこしよう、思たんやろうけどな、そういうのは儂好かん」

「噓ではございませぬ」

 機嫌を損ねぬために、満面の笑みと共に反論する。

「ふん、強情な奴っちゃ。はな、論語の郷党第十を言うてみぃ」

 四書五経のうちでも、最も難しい論語を読み上げろと策伝は言う。虎丸は動じずに「はい」と、答えて胸を張る。

「孔子郷党に於いては、恂恂如たり。言うこと能わざる者……」

 淀みなく語る虎丸の言葉を聞き、穴を穿つかのように策伝の口が半開きになる。

「……時なるかな。子路之を共す。三たび嗅て作つ。ここまでが、郷党第十でございます。続いて先進第十一。子曰く、先進の礼楽に於ける……」

「ま、待て、待て」

 策伝が両手を上げて制止したので、虎丸は微笑を向ける。素早く手を床につき、上目遣いで見た。

「信じていただけましたか。このように古の書は穴が空く程憶えました。しかし、拙者が目から鱗が落ちる思いで読んだのは、『醒睡笑』でございます。この世にこれほど面白い書があるのかと、刮目いたしました。特に拙者が好きなのは、手に虎と書いて犬の災難から逃げようとする逸話。そう、第二巻にある笑話でございます。策伝和尚様の話を読んでいると、四書五経では得られぬ、何ともいえぬ生きる喜びのようなものが、胸からこんこんと湧き上がってくるのです」

「ああ、もう、やめえ、そんなん言われたら、恥ずかしいがな」

 年甲斐もなく顔を赤らめている策伝を見て、虎丸は内心でほくそ笑んだ。

「述べた言葉に、噓偽りはないとわかっていただけましたか。では、拙者を弟子にしていただけますな」

 膝をにじって近づくと、「あかん、あかん」と、手と首を盛大に策伝は横に振る。

「儂の弟子になりたい言うから、どんな出来損ないかと思ったら、とんでもない小僧やで。けど、それほどの才やからこそ、弟子にはできん」

「何故でございますか」

 少し怒気を含ませて問う。

「お前ほどの才は、飛騨高山藩のためにあるべきや。それを儂の笑話の弟子にしてもうたら、あの世の法印兄貴にめっちゃ怒られてまうわ」

 演技とは思えぬほどの困惑で、顔を歪める。えも言われぬ可愛げが立ち上り、虎丸は思わず噴き出しそうになった。

「それほどの才やったら、必ず藩で用いられる。幕閣からも一目も二目も置かれるはずや。阿呆なことは考えんとき」

 確かに虎丸は文武に絶倫で、飛騨の麒麟児として若年にして評判だ。だからこそ、策伝の断りは予想の内だった。必要以上に肩を落とし俯いて、しなだれる振りをする。こうすれば、年相応に見えることを虎丸は知っている。

「で、では、策伝和尚は、せ、拙者を追い返すのですか」

 言いつつ、旅塵で汚れた着衣の袖を、掌で握りしめた。力を込めると手首が震えて、さらに非力な童(わらべ)らしさが増す。空いた手で尻を思いっきりつねると、涙が目に滲んできた。このまま俯いていたら、床に雫が落ちるはずだ。

 視線を下にやりつつ策伝の気配を探ると、案の定、動揺しているようで、衣擦れの音がしきりに聞こえてきた。あとは、向こうが根負けするのを待つだけである。

「ま、まあ、来てすぐに帰れとは、さすがに大人げないかもしれんな」

 虎丸は心中で快哉をあげるが、まだ顔は上げない。もう一押しで言質がとれる。さらに強くつねると、涙がひとつふたつと落ちた。

 少しわざとらしいが、洟もすする。

「し、し、しゃあない。旅塵が落ちるまでは、ここにおれ。きっと飛騨高山から、お前の家の使いが連れ戻しに来るはずや。それまでは世話見たる」

 虎丸は大げさに感謝の言葉を述べつつ、額を床に擦り付けた。

 弟子入りをすぐ許してもらえるとは、もともと思っていない。家の使いが、虎丸を呼び戻しに来るまでが勝負だ。それまでに策伝和尚に、弟子にすることを認めさせる。自信はあった。暗誦できるのは、四書五経や孫子ばかりではない。『醒睡笑』全八巻にある、千に及ぶ笑話もそうだ。

 己以上に、策伝和尚の著した『醒睡笑』を愛している者などいない。そんな自負が虎丸にはあった。

 

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