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2015.12.04

冨川秀安のこと

和田 竜

冨川秀安のこと

作家・和田竜が明かす「僕が泣く泣く削った登場人物」

のぼうの城』『忍びの国』『小太郎の左腕』『村上海賊の娘』――。
大興奮・一気読み必至のベストセラー小説作家・和田竜。
新作を待ち続けている私たちに明かされる、創作秘話とは!?

*  *  *

「村上元吉外十四名連署注進状」という古文書がある。

 拙作『村上海賊の娘』の主題である第一次木津川合戦の戦勝報告書で、合戦に参加した毛利・村上海賊の主だった武将たち十四人が署名して、合戦の概要を毛利家の重臣に説明したものだ。署名した者の中には小説にも登場する村上元吉のほか村上吉継、村上吉充、乃美宗勝などが含まれているが、その中に冨川秀安という聞きなれない武将の名がある。

 秀安は、備前国岡山の宇喜多直家(関ケ原合戦で石田三成に味方した宇喜多秀家の父)の家臣だ。第一次木津川合戦が起こった天正四年(1576年)の時期、宇喜多家は毛利方に付いておりーこの三年後に織田方に寝返るがー、宇喜多家の水軍の将として派遣されたのが冨川秀安なのであった。

 この秀安には変なエピソードがある。「武将感状記」にある話だ。

 秀安の主人、宇喜多直家が病にたおれ、余命いくばくもなくなったころ、直家は病床から家臣どもを呼んでこう尋ねた。

「お前たち殉死してくれないか」

 ここで直家の人柄についてちょっと触れると、直家という男は謀略でのし上がってきたような人物で、実の弟でさえ兄の前では気を抜かなかったというほどの腹黒男である。そういう腹のわからぬ主人にこう頼まれたのだ。家臣どもの答えは決まっている。

「我らは皆、直家様より恩を受けること長年にわたり、少なくはございません。願わくは黄泉の国までお供させていただきたく」

 と答えた。

 聞いた直家は大いに喜んだ。黄泉の国へのお供を申し出た家臣どもに名前を記させ、「俺が死んだら、棺の中にこの名簿を入れろ」と命じたという。

 そこに遅れてやってきたのが冨川秀安である。直家は秀安を見上げ、家臣らを指し示して、

「こ奴らは殉死すると言っているのだが、秀安、お前はどうする」

 と改めて尋ねた。すると秀安はこう答えたという。

「人には得手不得手というものがござりましてな。それがしは若年のころから戦に臨んで敵の堅陣を破り、これを打ち砕いて来申した。こと合戦においてはこの座中の家来衆に劣り申さぬ。これはそれがしの得手とすること。一方、殉死は、なかなかなり難くござりまするな。これはそれがしの不得手とする所。殿がもし殉死の者を求めるのであれば、思うに日ごろ帰依してらっしゃる法華宗の坊主がいいのではござらんかな。坊主が引導を渡せば成仏すると言いますが、殉死してもらって直接手を引いて導いてもらったならば、それこそ成仏間違いござりません。我ら家臣は命を的に戦っても、殿からの尊敬や褒美は坊主どもの十分の一にもなりません。殿から受ける恩の大きさから言っても、坊主どもこそまず殉死するのが筋というものでござりませぬかな」

 この話を読んで僕は、直家という腹黒男に直言する秀安の剛直さとともに、返答の仕方におかしみがあるところ、相当厚みのある人物だと思い、好きになった。事実秀安はそんな長者の風のある男だったのだろう、腹黒男の直家は意外にも素直に秀安の言葉を受け入れた。

「俺が間違っていた。お前が正しいわ」

 と、その後は殉死のことを言わなくなったという。

 この話を知って随分後、僕は『村上海賊の娘』の取材を始め、秀安が第一次木津川合戦に参加していることを知った。秀安を登場させてやりたいと思ったが、そもそも登場人物が多い小説で、宇喜多家の立ち位置まで触れると読者が混乱するかと思い、泣く泣く割愛した次第。ようやく機会を得て、書くことができた。

 

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