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2015.12.11

第2回 ノンフィクション作家/探検家・角幡唯介

(後編)
自分の命の答えを探す冒険から、世界の成り立ちを知るための探検へ

角幡 唯介

(後編)<br />自分の命の答えを探す冒険から、世界の成り立ちを知るための探検へ

探検に出かけていない時には、一児の父として穏やかな家庭生活を送っている角幡さん。子どもが生まれたことで登山に行く回数が減ったことを挫折と語りつつも、子どもの存在を契機に発見した新たなテーマもあるという。40歳という年齢を目前にした今、生きる意味を必死に求めていた頃とは同じ気持ちではいられない。それでも探検家は、探検へと出かけるのだ————。(構成:日野淳 撮影:山田薫)


真理に触れても失敗はする

——角幡さんには探検の中で、自然とともに生きる人たちが知っていた絶対的な真理に触れたという経験がありますよね。『探検家の日々本本』の『神話の力』という本について書かれた章の中で引用されているイヌイットのシャーマンの言葉に「唯一の正しい知恵」というのがあります。この宇宙の中の「唯一の正しい知恵」のようなものに触れたことのある角幡さんにとっては、挫折なんてもうどうでもいいと思えるということはないのでしょうか。

角幡 確かに『神話の力』に登場するイヌイットのシャーマンが語っていることと、僕が冒険や登山を通して自然の中から見出そうとしている“生きている実感”との間には共通性みたいなものを感じます。ただ僕は日常的には普通に東京で変哲のない暮しをしているので、そこでの挫折とか失敗は、まあありますよね。

——そういう輝かしい真理を一度知ってしまったら、それに触れている時間以外は全部挫折、みたいな気持ちになってしまったりはしないのでしょうか。

角幡 ああ、挫折というのではないかもしれませんが、そういうのはあります。日常的な生活が、つまらないとは言いませんが、物足りないと感じてしまう。その物足りなさから逃れるためにまた探検に行こうとするわけです。普段は週末に登山に行ったりするんですが、それは自分の中で、その物足りなさを補うというか、充電するという感じですかね。やっぱり日常が物足りないから、日常じゃ生きている実感があんまりないから、山に行こうとか、北極に行こうとなるんです。


家庭人になることは探検家としての挫折

——家庭人、生活者としての失敗、挫折というのはありますか。

角幡 えっ、奥さん選びとかそういうことですか(笑)。まずそんなに家庭にいませんからねえ。

——挫折とまではいかなくても、家庭の中の自分というのはどんな感じなのでしょうか。

角幡 そこそこ楽しくやっていますよ。ただ欲求不満は溜まってくるんですよ。山に生きたいなあと。

——そうすると奥さんには怒られるんですか。

角幡 怒られますよ。相手との間合いというか、奥さんの機嫌を伺いつつ、今なら行けるかなあと見計らいながら出かけるという。

——お子さんが生まれてからも、山に行く頻度は変わりませんか。

角幡 いや、減りましたよ。それに今回は全部で7カ月と、あまりにも海外にいる時間が長過ぎたんで、さすがに申し訳ないなという気持ちが僕の中にもあって、意識的に減らしているというのもあります。それは確かに挫折と言えば挫折かもしれないですね。結婚して子どもができたことで、行きたい山にも行けない。世の中のお父さんが共通して抱える挫折かもしれません。


探検には体力的な限界もある。だから求めるテーマは常に変化する

——年齢を重ねるごとに探検や生きることに対する切実感を失っていく恐怖はありますか。

角幡 恐怖はありますね。それに対して特別に何かをやっているわけではないですけど、ものをよく考えようとはしています。昔は僕、よく散歩しながらいろいろ考えていたんですが、そういう機会は少なくなくなってきているので。でも子どもってよくできてるなあと本当に思うんです。僕は今、自分の将来よりも子どもの将来の方が楽しみになんですよ。もうすぐ40歳という年齢になろうとしている僕には、この先の自分の人生のことがある程度分かりますよね。機能的に低下していく一方だし、将来が見えてくるというのもある。そうすると自分の将来よりも子ども将来の方が楽しみになってくるんですよ。たぶんこれは本能的というか生物学的なことで、子どもを作るって自分が衰えることの恐怖から逃れさせる効果があるんです。

——人生の主役を自然な形で子どもに譲ることになるんですね。

角幡 そうですね。老いていく自分を見つめなくてよくなるのかな。自分の生とか死について、昔よりも考えなくなるんです。オレの人生ってなんなんだろうとか、そういうのが薄れてくる。それは僕に限らず、子どものいる人はみんなそうなんだろうと思います。

——残りの人生で何ができるのかは考えませんか。

角幡 それは考えますよ。こういう探検をあと何年できるんだろうとか。昔は40歳になったら辞めると思っていたんです。でもまだ中途半端な感じで、まだ辞められない。でも北極で今みたいなことをやろうとしても、体力的にはあと5年くらいしかできないだろうと。その5年のうちに何ができるだろうとは考えます。

——そこに焦りはありますか。

角幡 焦りはあります。あと自分の中のテーマがちょっと変わってきたというのは感じています。5年くらい前までは生きるとか死ぬことについて関心があったんですけど、そういうストレートなことよりも、太陽や月とか、この世界はどういうふうになっているんだろうというものに関心がズレてきたんです。冒険的なことよりも探検的なことに興味や関心が移ってきたというか。

 

昔は怪我をしてやめてもいいと思った。今は形を変えてでも続けたい

——角幡さんにとってはこの先に時間がないとか、どんどん衰えていくという現実が、新しい探検へのモチベーションになっていますよね。でも中には、そういう状況の中でも前に進むエネルギーがなくて、挫けて折れた状態のまま、やり過ごそうとする人も多いと思います。そういう人に向けて角幡さんからの熱いメッセージを頂きたいのですが。

角幡 そういう人に向けて……いや、羨ましいなと思いますね(笑)。クライマーが書いた本にはよく、「怪我して山に登れなくなったりすると、ようやくもうやらなくていいんだとホッとする」っていうのがあるんです。

——なるほど、自分の意志とは関係なく、やむを得ずもうできない状況になりたいと。

角幡 昔はそういうのを読んで共感したりしたんです。でも最近はあんまり共感もしなくなりましたかね。それも歳を取ってきたせいで、昔ほどガツガツしないで余裕を持って生きていることの裏返しだとは思うんです。たとえばツアンポーにはすごく切羽詰まった気持ちで行っていたわけですよ。いっぱいいっぱいで爆発しそうな感じでした。今はそこまでではないんだけど、でも行きたいんです。たとえば怪我して足が一本なくなってもう探検はできないとなったら、今は悔しいというか、残念だなと思える心境になったというか。ある程度楽しめているんでしょうね。

——前は必死すぎて辛くて、いっそできなくなってしまえという感覚だったのが、今はけっこう楽しめているからやりたい。まだまだ続けたいというふうに変化してきた。

角幡 今はたとえ形を変えてでもいいから続けたいと思います。歩くんじゃなくて犬橇にするとか。そう思える余裕みたいなものは出てきているんです。でもこれだと挫折した人へのメッセージじゃないですね。

——やり続けてると楽しめるようにもなるかも、というメッセージですかね(笑)。歳を重ねることのいい面かもしれません。いつまでも切迫感だけがエネルギーではないという。

角幡 自分の命の答えを探すためにというのは薄れてきています。変わってきているんです。それに対しての危機感というのはあって、昔書けたことがオレはもう今書けないんじゃないかとは思いますよ。でも考えたらそんなことは当たり前なんですよね。

——方で今だからこそ行けるところも書けるものもあると思っていらっしゃるのですよね。

角幡 そうですね。確かに変わってきているんです。だからこそ、続けていくことができるのだと思います。
(おわり)

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