法廷ミステリー『検事の本懐』が第十五回大藪春彦賞を受賞し、一躍注目を集めた柚月裕子。斬新なテーマに挑み、作品ごとに変貌を遂げている作者が、苦しみながら書いたという『ウツボカズラの甘い息』の魅力とは? (インタビュー・文 吉野仁)

 

女性特有の暗部に迫る犯罪サスペンス!!

「小説を書いているなかで、いちばん心を砕いているのは動機の部分。人の行動の裏にある感情を書きたいんですね。どうしてこの犯罪が起きたのか。その理由を丁寧に描いていきたい。これからもずっとそうしたいと思っています」

 柚月裕子の『ウツボカズラの甘い息』は、ミステリーとしての企みはもちろんのこと、悩めるヒロインの胸のうちを描いたり、現実に起きた事件を思わせる犯罪が登場したりと、ストーリーを追っていくだけでじゅうぶんに読み応えのある長編だ。しかし、それだけにとどまらない。作者は、現代的なテーマとともに、生身の人間の心理と行動をそこにしっかりと描きこんでいる。

「これまで男性が主人公の小説を多く書いてきましたが、今回は担当編集者のアドヴァイスで、主人公を女性にしたんです。女のドロっとした暗い部分を描いてみようと。そこで考えたのは、多くの女性が、かならず心に抱え込んでいるものとは何だろうということでした。やはり美や若さへの執念ではないか。多かれ少なかれ、年代問わず女なら抱くものではないでしょうか。そこに焦点を当てて、事件に発展していくような物語を練ってみたんです」

 病んだ精神を抱える主婦の高村文絵は、あるとき、懸賞で当たったディナーショーに出かけたところ、中学のとき同じクラスだったという杉浦加奈子に出会う。文絵が思い出せないでいると、加奈子は「私、整形したの」と打ち明けた。文絵は、彼女の誘いで鎌倉の別荘を訪れる約束をした。一方、神奈川県警捜査一課の秦は、ワインボトルで殴り殺された男の事件を追っていく。

 やがて、いくつもの意外な真実とともに、稀代の悪女が犯した思いもよらない犯罪の核心へと向かう。

「女性って、自分の欲を満たすためなら、わりと何でもするようなところがあって、同性とか友人とかを平気で貶めたり、裏切ったりします。社会的な制約やそれまで築いた人間関係など、案外安易に外してしまうんですね。男性の場合は、社会的な地位やお金を得るために、誰かを攻撃したり貶めたりして奪い取り、自分のプライドを満たそうとしますけど、それ以上に女性は自分の欲に忠実な生き物だと思うんです」

 

何が幸福で、何が不幸なんだろう

 壺のような形の袋状の捕虫器を持つウツボカズラは、いわゆる落とし穴式で虫を捕らえるようになっており、虫を誘う蜜のような液体を袋に含む種類もあるという。本作に登場する女性もまた、自分の欲を満たすため、甘い言葉で獲物を誘いこむ。だが、もともと植物が「悪意」を持っていたわけではない。はたして、その女性も純粋な「悪意」をもとに、犯罪を重ねたのだろうか。

「善人悪人っていう言葉がありますけど、世の中には、まるっきりの善人もいないし、まるっきりの悪人もいない。事件の加害者は裁かれるべき人間だけれども、人として百パーセント悪かというと、おそらくそうではない部分を持ってるはず。逆に、誰から見ても『あの人いい人だよね』っていう人でも、なにか表に出ない闇や負の部分を抱えている。昔からニュースの見出しを私はあまり信じない。そこが真実のすべてではないと思います」

 事件の真相を探っていくと、やがて思いもよらない事実につきあたる。ミステリーの定石だ。しかし、作者は、その向こうにある、人間の本質に迫っていく。

「どこか欠けてる人のほうが、すごく魅力的だったりしますよね。私、苦労人と呼ばれる人が好きなんです。ある程度、歳を重ねて、いろんな経験をしてきて、もう身動きが取れない。組織人ならなおさら、背負うものもたくさん出てくる。そこでもがき、あがきながらも、ここぞというときに動く、そういう人間を描きたいんです。そうなると同時に、いったい何が人の幸せで何が不幸なのか、わからなくなる。この『ウツボカズラの甘い息』の根本にあるのは、そうした問いかけなんです」

 (『パピルス』2015年8月号より転載)

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