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2015.11.12

第4回

人が見ていないときこそきちんとやる。『だからこそ、自分にフェアでなければならない。 プロ登山家・竹内洋岳のルール』(小林紀晴著)が教えてくれること

漆原 直行

人が見ていないときこそきちんとやる。『だからこそ、自分にフェアでなければならない。 プロ登山家・竹内洋岳のルール』(小林紀晴著)が教えてくれること<br />

成果が上がらないとき、やる気がないとき、いいアイデアが出ないとき、つい、ビジネス書に助けを求めてしまう方も多いでしょう。でも、ビジネス書を読んだだけでは、ビジネスのこと、仕事のことがすべてわかるわけではありません。本連載では、「一見ビジネス書には見えないけれど、実はすっごく仕事に役に立つ!」という本を選りすぐってご紹介。仕事のヒントは、思いもかけないところから吸収できます。
第4回は、登山にまつわる言葉と哲学が綴られた『だからこそ、自分にフェアでなければならない。プロ登山家・竹内洋岳のルール』(小林紀晴・著)ですが――。『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』の著書もあり、ビジネス書の目利きであるライターの漆原直行さんは、ビジネス目線でどう読み解くのでしょうか。

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■本書のあらたな魅力
一見、山好き、登山愛好家向けの本。しかし、実際は、その数々の危機的状況を潜り抜けたことで導き出された、自分なりの原理原則を築くことの重要性。自分だけの“本質”へ辿りつくことの大事さを教えてくれる。そして、誰かが見ているからやる、褒められるためにやる仕事は、まったく美しくないことに気づかされるのだ。


◆数々の修羅場と極限状態の経験から生まれた突き抜けたユニークさ

 かつて、米国フォード・モーターの創業者であるヘンリー・フォードは「品質とは、誰も見ていないときにきちんとやることである(Quality means doing it right when no one is looking.)」と語った。

 誰も見ていなくても、ちゃんとやる──。『だからこそ、自分にフェアでなければならない。 プロ登山家・竹内洋岳のルール』を読み終えたとき、先の警句がまっさきに思い浮かんだ。

 本書は、写真家・作家の小林紀晴氏が、プロ登山家の竹内洋岳氏と山行を共にしつつ、その道程で語られた竹内氏の言葉を丁寧に編んでいった一冊だ。出向いた山は八ヶ岳連峰の一角、天狗岳。新宿駅で2人が落ち合うところから、無事に下山するまでの流れを時系列で追いながら、竹内氏の登山観やプロフェッショナルとしての哲学を詳らかにしていく。

 竹内氏は、1971年生まれの登山家。日本で唯一、地球上に存在する8000メートル以上の14座すべての登頂に成功した「フォーティーン・サミッター」である。常人では経験したこともないような極限状態で死地をくぐり抜け、見たこともないような景色を目の当たりにし、登山史に名が刻まれるほどの偉業を成し遂げたその男は、独特な空気感をまとっていた。

 本書の冒頭で、著者の小林氏は次のように綴っている。天狗岳に向かうべく、長野県は茅野駅に到着した2人。小林氏は駅のトイレで、持参してきた水筒に水を汲んだ。一方、竹内氏は……というくだりだ。

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 竹内は水筒を持ってきているのだろうか。やはり気になった。すると、近くの自動販売機に向かって歩き出した。コインを入れる音がした。

 やがて自動販売機から2本のペットボトルを取り出した。何を買ったのだろうか。スポーツ飲料だろうか、それともお茶だろうか。どちらかに違いない。しかし、どちらでもなかった。1本はコカ・コーラ。もう1本はカロリーがないコカ・コーラ ゼロ。

 「これは、おやつ。こっちは水分補給のため」

 いい笑顔だった。

 「あのう……水筒は持ってこなかったのですか?」

 一応……訊ねた。

 「あ、朝、急いでいて、忘れちゃった」

 笑顔だった。忘れるなんてことあるのか。ちょっと驚いた。登山で大事なものの上から何番目か、間違いなく上位に水筒は位置しているはずだ。それを忘れるなんて……。少なくとも、14座を目指すときには、絶対に水筒は忘れないはずだ。
 (中略)
 何故、日本人で彼だけが、14座の登頂に成功したのかについて。いってみれば死の領域と呼ばれる8000メートルへ何度も向かい、命を落とすことなく生還し続け、その記録を作り上げたことには確実に理由があるはずだ。

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 こんな調子で、竹内氏は期せずして、小林氏に肩すかしを食らわせるような言動を随所で披露するのだ。ときには鷹揚としすぎていて、こちらが心配になるほど、どこか脱力した印象を醸しだす。しかしながら、そうした印象は、竹内の立っている地平や見えている世界が常人とはあまりにも違いすぎるがゆえに生じた感覚の違いでしかないことを、小林氏の視点をとおして読者も知ることになる。要するに、あらゆる点においてモノが違いすぎるのだ。くぐってきた修羅場の数とそれを克服してきた経験の違い、研ぎすまされた五感の違い、極限状態を経る過程で醸成された哲学の違い……挙げていけばキリがないが、竹内氏の言葉の端々からある種の意外性(突き抜けたユニークさ)を覚えずにはいられない。

 とはいえ、そういったタイプの人間にありがちな物腰──常人を寄せ付けないような排他性で周囲をゆるやかに威圧しながら煙に巻いたり、抽象度の高い感覚的な主義主張をシニカルに語って相手を値踏みしたり──は、書中の竹内氏からは感じられない。極めてシンプルでわかりやすい言葉で、自身の感覚を語ってくれる。それが、とても好印象だ。「もっと先を聞かせてほしい」「それって、一体どういうことなの?」といった素朴な疑問や、無垢な好奇心を抱かせてくれる、興味深い言説の数々。著者の小林氏は読者にかわって、疑問や質問を的確に竹内氏に投げかけ、竹内氏は自分の言葉で穏やかに答えていく。心地よい対話のリズムを感じながら、ページを繰る手が止まらなくなってしまうことだろう。


◆フェアであること、美しくあること。あらゆる仕事で発揮すべきこだわり

 登山は、さまざまなことになぞらえられる営みだ。たとえば、人生。たとえば、仕事。自然と対話しながら自己を見つめなおし、自身の足で起伏に富んだ山道を歩み続ける行為は自己啓発的な文脈で語られることもあるし、チームワークやパートナーシップといった側面からマネジメント、リーダーシップといった組織論が説かれたりもする。決断力、リスク対応、セルフコントロール、計画力など、ビジネスにおいて重要視される要諦との関連もわりとよく見かける言説である。

 本書も、読み方しだいで多様なヒントを与えてくれる。しかし、ありがちな「登山から学ぶ」的文脈とは、ひと味違うように感じる。14座の頂きに立ったことがある竹内氏だからこそ語れる独自の世界観であり哲学が、静かに読者の心を揺さぶるのだ。

 たとえば、この一節はどうだろう。「運は存在しないというのが、私の山登りです。」というパートに登場する発言だ。

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運は存在しないというのが私の山登りです。運で片付けてしまうと、その先考えようがなくなっちゃうわけです。そこで思考が停止してしまいます。「ああ、運が良かった、運が悪かった」となると、そこでお終いですからね。それではやはり想像が続かないわけです。
 (中略)
 私は山で次に何が起きるかを想像しようと思っています。登山っていうのは想像のスポーツですから。例えば、あの山のあのルートをいつ誰とどんな方法でどうやって行ったら登れるかって、最初に想像した人がそこを登れるわけです。(中略)ディテールまで、人よりも先に多く想像できた人が登れるわけですから。想像したものと実際が合致すればするほど実現していくのです。

 頂上まで登って下りてくる自分を、ちゃんと想像できた人しか登って下りてこられないわけです。さらに死ぬという想像さえもできるかどうか。(中略)死ぬっていうところまで想像できれば、そうならないためにはどうしたらいいかって想像もできます。
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 これまでいくつかのプロジェクト、いくつかのミッションをこなし、成功した経験も、失敗した経験もあるビジネスパーソンであれば、唸りながら首肯するしかない至言ではないだろうか。

 また、このような指摘も登場する。「経験は積むものではなく、並べるもの。」というパートに記されている一節だ。

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8000メートルを超えると、経験は役に立ちません。むしろ、余計だという気もするのです。経験を持ち込んでしまうっていうのは、非常に危ないと思います。何故ならば、同じ山は二つとないからです。
 (中略)
 ただ経験っていうのは、持ち込んで積み上げると楽になるんです。前回こうだったから、今回もこうなるはずだっていうことを考えなくてよくなるので、楽になるのです。人はそうしたくなるのです。

 だけどそれをするのはとても危険です。経験を積んだ分だけ想像しなくなるからです。何より、正直いってつまらない。(中略)前回こうだったから今回こうだって思ったら、極端なことをいえば、もう山なんて登らなくてもいいわけです。経験を積むという言葉がありますけども、私にとって経験は積むものじゃなくて並べるものだと思っています。

 一方で、リアリティのある想像は経験からしか生まれません。(中略)ですから経験は絶対に必要です。ただ、やっぱり並べていくものなんです。そういう意味では、経験はいっぱいした方がいい。

 ダウラギリの前にチョー・オユーで凍傷になりました。凍傷になるというのは、こういうことだとわかりました。もうちょっといっちゃったら、指なくなっちゃうんじゃないか、もうそれだけで、想像するとぞくぞくします。それはやっぱり、リアルなんです。ただ単純に本とか写真で凍傷のことをいくら知ったとしても、それはまるで違います。
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 いかがだろうか? まだまだ引用したい言説は多いが、すべてに通底しているのは、人がとかく陥りがちな思い込みや、テンプレート的な思考に縛られないことの大切さだろう。極めてフレキシブルで、合理的。しかし一方で、自分なりの原理原則を掴んだのであれば、それに忠実に従い、ブレることなく行動するような頑なさも兼ね備えている。いうなれば、創造的な職人気質であろうか。

 著者の小林氏は、同じ道のりを登ってきたにもかかわらず、自分の登山靴は泥だらけになっているのに対して、竹内氏の登山靴がまったく汚れていないのを見つけ、次のように述懐している。

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一方は泥道を、もう一方は舗装された道を歩いてきたのではと思えるほどの違いがあった。いや、実際に竹内にとって、この山道は、舗装されたアスファルトの上を歩くことと、大して違わないのではないか。もちろん、それが大きく違うことはわかる。でも、それに近い労力で歩くことができるのかもしれない。これを技術といえばそういうことになるのだろう。(中略)果たして、どんな歩き方をすれば、こうも靴が汚れないのだろうか。

 とっさに浮かんだ言葉がある。それは「仕事がきれい」という言葉だ。どんな分野でも、一流の人の仕事はきれいだ。例えば料理人。私はカウンターに座って料理人が厨房で働いている姿を見るのが好きだ。無駄のない動きを見られるからだ。ほれぼれする。それを美しいと感じる。

 だから、竹内のことを歩く職人だと思った。
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 竹内氏の言葉の端々からうかがい知ることができる細部へのこだわりや、登山家としてのプロフェッショナリズムは、とても職人的でもある。だからこそ、竹内氏の佇まいはとても美しく、発言もある種の整合美すら感じさせるような、曇りのない説得力を放っているのだろう。

 本書の終盤、竹内氏はこのように発言している。

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山の中に立ち入れば、自ずとフェアな世界なんですよ。だからこそスポーツとして考えるとき、フェアにやるしかないんです。
 (中略)
 それに山の頂上に審判が待ち構えていて、登頂を果たしたかジャッジしているわけでもありません。そこには誰もいません。だからこそ自分にフェアでなければ、成立しないのです。

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 登山から人生が、ビジネスが学べる、といった言説に軽々しく乗ってしまうのは本意ではない。が、何事においても、その道を究めた者にしか見えない“本質”のようなものがあり、しかもその“本質”は、どんな道から到達したとしても、思いのほか似ているものだったりするらしい。プロ登山家・竹内洋岳の言葉には、僕らが自分なりの“本質”へと辿り着くための要訣が隠されているように思えてならない。

 ちなみに竹内は、2日に及ぶ山行で、2本のコーラを飲みきることなく下山したそうだ。

 

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