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2012.05.01

連載エッセイ71

複雑でシンプルなたった3秒間の世界
マチュー『3秒』

中条 省平

複雑でシンプルなたった3秒間の世界<br />マチュー『3秒』

  マンガは絵と言葉で作りあげられる表現ジャンルですが、面白いことに、その不可欠の構成要素である絵の巧拙はあまり問題になりません(少なくとも日本では)。谷岡ヤスジでも業田良家でも青木雄二でも福本伸行でも西原理恵子でもいいのですが、彼らの絵の一見したところの「稚拙さ」は、彼らのマンガを楽しむのになんの障害にもなりません。いや、それどころか、むしろ独特の個性や味わいを醸しだしているというべきでしょう。かつて「ヘタうま」なる形容語が生まれたとき、それがマンガ家を指す用語だったという事実は、マンガにおける巧拙の問題がかなり面倒な逆説をはらんでいることを意味しています。
 ただの「ヘタ」なマンガ家なのか、それともじつは「ヘタうま」なのかは、きわめて微妙な差異で、例えば、「谷岡ヤスジは本当にうまいが、福本伸行はやはりヘタである」といった言葉にも説得力があるような気がしてきます。
 とはいうものの、他方、超絶技巧的にうまいマンガ家がいることも事実で、日本では、大友克洋、井上雄彦、谷口ジロー、ながやす巧、小池桂一、寺田克也といったマンガ家の名前が挙がってくることでしょう。彼らに共通するのは、線描の細密さという特徴で、どれほどダイナミックな絵柄を描くときでも、一本一本の線の正確さを大事にし、ペンタッチや筆の勢いでその正確さを犠牲にしません。
 外国にも、「線の正確さ」を何よりも大事にするマンガ家はいて、この時評で紹介したマンガでいえば、『ジミー・コリガン』のクリス・ウェアや、『ウォッチメン』のデイヴ・ギボンズなどが英語圏のコミックスにおける偉大な作家といえるでしょう。しかし、欧米のマンガは彩色されるのが普通ですから、日本マンガの超絶技巧のもうひとつの特色である「線描の細密さ」はあまり重視されません。細かすぎる描線はむしろ彩色の効果を減殺することになるからです。
 というわけで、「線の正確さ」と「線描の細密さ」をあわせもつ欧米のマンガ家の代表格といえば、これはもう、本時評の前々回(12年3月)に扱った『闇の国々』のフランソワ・スクイテンに指を屈するべきでしょう。じっさい、邦訳された『闇の国々』は基本的にモノクロームで描かれ、彩色されたページはわずかでした(邦訳されていないこのシリーズのほかの作品には全ページカラーのものもありますが)。
 さて、前置きが長くなりましたが、今回の時評で取りあげるマルク=アントワーヌ・マチューの『3秒』(原正人訳、河出書房新社)もまた、『闇の国々』と同じくモノクロームで描かれたBD(フランス語圏のコミックス)であり、線の正確さ、線描の細密さにおいて超絶技巧と呼ばれるべき水準に達した傑作です。

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