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2012.07.01

連載エッセイ73

絶対的な友情10年の物語
小玉ユキ『坂道のアポロン』

中条 省平

絶対的な友情10年の物語<br />小玉ユキ『坂道のアポロン』

  小玉ユキ『坂道のアポロン』が完結しました(全9巻、小学館)。テレビアニメ化されて人気を博し、ジャズを題材とした作品なので、オリジナル・サウンドトラック盤まで発売され、書店に加えてレコード店を巻きこんだ派手な展開になっています。しかし、原作のマンガはこの上なく真っ当な友情と恋の物語で、こんなに素直なマンガがいまでも可能なのか、という新鮮な驚きを誘われます。さわやかな読後感という点では、昨今、屈指のマンガといえるでしょう。
 本稿で取りあげるのは初めてですが、2007年11月号から雑誌「月刊flowers」で連載が始まり、単行本が2巻を数えた08年の末には、ムック『このマンガがすごい!2009』(宝島社)の「マンガベスト20・オンナ編」で、いきなりベストワンに選ばれました。
『坂道のアポロン』はその後も着実に登場人物の変化を追い、全9巻でようやく着地点を見出しました。今年の秋には「ボーナストラック」として第10巻・番外編も出るようですが、9巻で完結した本編は、「忌々しい坂道」の場面で始まり、別の時代、別の町の「忌々しい坂道」で終わるという構成の妙を発揮しています。老婆心ながら、ボーナストラックの追加でオリジナルLPの完成度の高さを傷つけるCDがやたらに多いなか、『坂道のアポロン』がそんな轍を踏むことにならなければいいが、と思います。
 ところで、戦後少年マンガの王道として〈友情~努力~勝利〉という「少年ジャンプ」の連載マンガが定式化したドラマトゥルギーがあります。『坂道のアポロン』の要となる主題も友情ですが、「ジャンプ」流の努力と勝利はきれいさっぱり存在していません。その代わり、少女マンガのもっとも重要な因子である恋愛と家族というテーマが導入されて、少女マンガ寄りの世界が形づくられています。
 しかし、そんな世界はいまやレトロなユートピアに見えてしまうため、現代の日本を舞台にするのはちょっと無理です。そこで、賢明な作者は、時代を1960年代、場所を九州の長崎に設定して、この世界の虚構性を現代の殺伐とした空気から守ることに努めています。
『坂道のアポロン』の主人公・西見薫は、横須賀から佐世保の高校に転校し、そこで、同級生となる川渕千太郎と出会います。小柄で秀才の薫と、図体がでかく、すぐに喧嘩に走るバンカラの千太郎というほとんどステレオタイプな性格設定ですが、誇張を排した繊細なタッチが、人物造形に軽やかなリアルさをあたえています。
 本作は時代設定こそ1960年代ですが、60年代に実在した少年マンガにも、少女マンガにも、この作品のようなデリケートな筆致は存在していませんでした。『アポロンの坂道』の、一見、不安定とも脆弱とも見えるタッチは、〈花の24年組〉の革新を通過したうえで装飾的な余剰を殺ぎおとした少女マンガの線(吉田秋生がその代表)で描かれています。その意味で、これはまぎれもなく現代のマンガでもあるわけです。

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