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2015.11.02

第1回 試し読み

北野武「気持ちがいいから
いいことしろっておかしくないか」

北野 武

北野武「気持ちがいいから<br />いいことしろっておかしくないか」<br />

 発売直後から大反響!! 18万部突破の『新しい道徳』(北野武著)。何がいいことかわからなくなっている世の中だから、自分の頭で考える。それを考える縁(よすが)となる本書から、中身をちょっぴりご紹介します。
 連載第1回目は、子供たちの道徳の教科書に蔓延する「いいことをすると気持ちがいいよ。だからいいことをしましょうね」と教えることの気持ち悪さについて。北野流の倫理学講義、スタートです。

 

まるでクスリの効能書きみたいに、
「いいことをしたら気持ちいいぞ」って
書いてある。

  道徳の言葉は、なんだかとても薄っぺらい。どのくらい薄いかというと、「トイレを綺麗に使いましょう」と書かれた貼り紙くらい薄っぺらい。

 もちろん、トイレは綺麗に使った方がいいとは思う。俺は汚いトイレを見ると、掃除をせずにはいられない。飲み屋でトイレに入って、前の人が粗相していたりすると、つい掃除をしてしまうのは昔からの癖みたいなものだ。今までいったい何遍、見ず知らずの他人が汚したトイレを掃除したことか。

 だけどそれは「トイレを綺麗に使いましょう」という貼り紙を見て、そりゃそうだよなあと納得してやっているわけではない。そこが、根本的に違う。「親を殺してはいけません」「お金を盗んではいけません」「レイプはしないようにしましょう」というのと同じだ。

「噓をついてはいけません。正直に生きなさい」

 これは、道徳の定番フレーズだ。なんだか表面的なことしか書いていないわりに、けっこう矛盾したことをいっている。

 道徳の教材に、こんなイラストがあった。電車の席に座った子どもが嫌そうな顔をしている。隣の大人は眠ったふりをしている。目の前に年寄りが立っているからだ。大人も子どもも、席を譲りたくないんだろう。

 さらに、そのイラストには、こういう問いが付けられていた。

「こういうときは、どうすればいいか、みんなで考えましょう」

 一応、みんなで考えて答えを出すことになっているわけだが、正しい答えはもちろんはじめから決まっている。「席を譲らなくてもすむように隣の大人と同じように眠っているふりをする」という答えに、まさか先生がマルをくれるはずはない。

「どうぞ」といって年寄りに席を譲るっていうのが、正解なのだろう。

 ……これは、噓じゃないのか? 嫌そうな顔をしているのは、席を譲りたくないからだろう。その気持ちには正直じゃなくていいんだろうか。

 ほんとうは座っていたいのに、年寄りには喜んで席を譲るふりをする。

 これは子どもに噓をつけといってるのと同じことだろう。

 それで、いいことをすると気持ちがいいよ、なんて書いてある。

 気持ちいいときもあるかもしれないが、辛くて苦しくてどうしようもないときだってあるんじゃないの、子どもにだって。毎晩遅くまで塾に通わされて、へとへとに疲れ切った子どももいるはずだ。それでも、高尾山かなんか登山して元気に帰ってきた年寄りにも、ニコニコ顔で席を譲れというんだろうか。それで気持ちが良くなるわけがない。

 俺が子どもの頃は、年寄りに席を譲るのが当たり前だと教えられた。年寄りが立っていて、子どもが座っていたら、生意気だってひっぱたかれたものだ。

 優先席なんて、あの頃は必要なかった。本来、電車の席は、全部が優先席だ。前に年寄りが来たら、子どもは有無をいわずに立つ。そこに理由なんて必要ない。

 ところが、今の道徳では、年寄りに席を譲るのは、「気持ちいいから」なんだそうだ。
席を譲るのは、気持ちがいいという対価を受け取るためなのか。

 だとしたら、席を譲って気持ち良くないなら、席なんか譲らなくていいという理屈になる。

 年寄りに席を譲るのは、人としてのマナーの問題だ。美意識の問題といってもいい。

 マナーにわざわざ小理屈をつけて、気持ちいいから譲りなさいなんていうのは、大人の欺瞞以外の何ものでもない。

 だいたい、隣のおやじが寝たふりをしているのが、そもそも駄目じゃないか。

 大人が率先して席を譲って、子どもにこれがマナーだよって教えてやらなくてはいけない。

 それを真似して席を譲って、辛そうに立っていた年寄りに「ありがとう」といわれて、それで「ああ、なんだかいい気分になった」というのが順序だろう。

 だけど、そのいい気持ちになったというのは、道徳の教科書に書いて、子どもに教え込むことではない。手品のタネを明かしてしまうのと同じだ。面白くもなんともない。
誰かに親切にして、いい気持ちになるっていうのは、自分で発見してはじめて意味がある。

 それをクスリの効能書きかなんかのように、いいことをしたら気持ちいいぞ、気持ちいいぞ、って書いてあるのが道徳の教科書だ。薄っぺらいにもほどがある。

 まるで、インチキ臭い洗脳だ。

 洗脳される子どももいるかもしれないけれど、そういう奴はどうせロクな大人にはならない。妙に素直な分、気の毒ですらある。どこかの新興宗教に洗脳されて、わけのわからない仏像だとか壺だとかを売り歩くようになるんじゃないか。
 


第2回「画家になりたい? バカヤロウ! 絵描きで飯が喰えるわけがねえだろ!」は、11月5日(木)公開予定です。

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