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2015.11.20

薩摩藩の立場は、親会社の意向に逆らえない中小企業そのもの。現代人が共感できる新たな物語。(村木嵐『頂上至極』)

末國 善己

薩摩藩の立場は、親会社の意向に逆らえない中小企業そのもの。現代人が共感できる新たな物語。(村木嵐『頂上至極』)

『頂上至極』
村木嵐
幻冬舎刊/1600円(税別)

 

 吉川英治『宮本武蔵』や司馬遼太郎『竜馬がゆく』など、決定版の歴史時代小説が書かれると、同じ題材の作品が生まれ難くなる。

 幕府に御手伝い普請を命じられた薩摩藩が、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水工事に挑んだ宝暦治水も、杉本苑子の出世作にして、直木賞受賞作でもある『孤愁の岸』が圧倒的な存在感を示しているため、後続の作家が手を出しづらい状況が続いていた。

 この困難なテーマに正面から取り組んだのが、村木嵐の新作『頂上至極』である。絶対に『孤愁の岸』と比較されるのでプレッシャーも大きかっただろうが、著者は独自の視点で宝暦治水にアプローチし、現代人が共感できる新たな物語を作ることに成功している。

 宝暦三年(一七五三)師走。幕府は、毎年のように氾濫し近隣の農民を苦しめている木曽三川の治水工事を薩摩藩に命じる。御手伝い普請の費用はすべて持ち出しだが、薩摩藩には既に四十万両の借財があった。幕府の見積りは十四万両だが、難工事だけに最終的な出費は見当もつかない。失敗すれば切腹しなければならない添奉行(工事責任者)に名乗りを上げたのは、家老の平田靱負だった。

 理不尽な命令であっても幕府には絶対服従するしかなく、ノルマを達成できなければ取り潰され、藩士が路頭に迷うかもしれない薩摩藩の立場は、親会社の意向に逆らえない中小企業、あるいは会社での立場を守るため過酷な労働に従事する勤め人そのものである。

 それだけに、新たな借財を申し入れるため、薩摩藩士を田舎者と見下す大坂商人に頭を下げ、傍若無人な幕府の代官にも反抗できない靱負たちの悲哀は、とても他人事とは思えないのではないか。

 靱負が信頼する配下だが、今は中風で寝たきりになっている加納市郎兵衛の娘お松は、普請奉行の嫡男・百瀬主税と婚約していた。算勘の才があるお松は、御手伝い普請が決まると亡き兄に代わって治水工事に参加したいと懇願、男装し名を加納松之輔に改める。主税も莫大な工事費用を捻出するため、倹約に励まなければならないとして、結婚の延期を申し出る。お松と主税は、社会情勢の変化と経済的な要因で結婚できなくなるが、これは現代で晩婚・非婚が進んでいる理由の一端を示している。相思相愛なのに離れ離れになってしまう二人には、特に若い世代は共感が大きいように思えた。

 木曽三川は、大雨になると支流が合わさって一筋の大きな泥流となり、家も田畑も押し流していた。薩摩が命じられた治水工事は、二百を超える支流を三つに分ける大プロジェクトだったのだ。

 しかも三川の流域は、徳川将軍家の直轄地たる天領、徳川御三家の一つ尾張藩、大名と同じように参勤交代をする交代寄合と呼ばれる旗本の高木三家(本家と二つの分家)が支配し、利害関係が入り組んでいる。さらに堤防で囲った集落「輪中」で暮らす農民たちも、三川分流で川の流れが変わると、得をする地域と損をする地域が出るため、必ずしも薩摩の御手伝い普請を歓迎していなかった。

 靱負たちは、薩摩藩を関ヶ原の負け組と嘲る農民たち、幕府の権威を笠に着た代官と高木家の横暴に悩まされる。しかし、朝鮮出兵や関ヶ原の合戦など、何度も窮地に立たされながら生きて故郷に帰り、薩摩の名を高めた島津義弘を想い、難工事の苦労に耐える。

 薩摩藩士は、治水工事を合戦になぞらえている。確かに、自刃する者、病死する者が相次ぐなか、石を詰めた巨大な木箱を二万五千個も作り、それを川底に沈めて基礎を作るといった工事が丹念に描かれていくところは、合戦シーンに勝るとも劣らない迫力がある。

 薩摩藩士は、藩や自分の名誉を守るため、あるいは失敗の責任を取るためなら、腹を切ることを厭わない強さを持っている。自殺を賛美するつもりはないが、常に死を意識することで自分を厳しく律している薩摩藩士を見ていると、いつから日本人は、ミスやトラブルが起きても、誰も処分されないよう責任の所在を曖昧にする卑怯な振る舞いをするようになったのかと、考えずにはいられない。

 当初は、長く日当を貰うため工事を引き延ばしていた農民たちも、非協力的だった高木三家も、縁もゆかりもない土地のため、文字通り命をかけて工事に取り組む薩摩藩士を見て、変わっていく。

 毎年のように洪水に苦しむ濃尾平野の農民たちは、二〇一一年の東日本大震災、二〇一二年の九州北部豪雨、二〇一四年の広島土砂災害といった自然災害に苦しむ被災者に、私財をなげうって遠くから現地に駆け付けた薩摩藩士は、全国から集まるボランティアに重なる。そのため、対立を乗り越え同じ理想を共有した人たちが、一丸となって復興に尽力する終盤の展開には、深い感動がある。

 何より、治水工事で木曽三川の農民に生きる希望を与え、家臣を生きて薩摩に帰すことを目標にした靱負の姿は、どれほど絶望していても、生きていれば未来は開けることを教えてくれるのである。

『ポンツーン』2015年11月号より

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