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2015.11.04

自由に動けない火村の代わりに、動き回るアリス。シリーズ中、かなりの異色作!(有栖川有栖『鍵の掛かった男』)

千街 晶之

自由に動けない火村の代わりに、動き回るアリス。シリーズ中、かなりの異色作!(有栖川有栖『鍵の掛かった男』)

『鍵の掛かった男』
有栖川有栖
幻冬舎刊/1700円(税別)

 

有栖川有栖の新刊『鍵の掛かった男』は、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖(アリス)が活躍するシリーズとしては、『マレー鉄道の謎』以来十三年ぶりの書き下ろし長篇である。タイトルだけを見ると、華々しいトリックが使われた密室殺人の物語を想像するかも知れない。確かに、本作で描かれる事件の現場は施錠されていたけれども、ホテルの客室だからオートロックになっていただけで、密室殺人というわけではない。では、このタイトルは何を意味しているのだろうか。

アリスは人気作家の影浦浪子から、ある事件の真相解明を依頼される。影浦はアリスが火村とともに犯罪捜査に関わっていることを知っており、彼らの能力を見込んで依頼してきたのだ。その内容とは、影浦が定宿としている大阪の銀星ホテルで、梨田稔という人物の縊死体が発見された一件の再調査。警察は自殺と判定したが、死の数時間前、普段と変わらない様子の梨田を見ていた影浦は、どうしても自殺とは思えないと主張する。

影浦は自らが二つの謎に囚われているとアリスに語る。ひとつは、梨田が他殺だとすれば誰に殺されたのかという謎。もうひとつは、梨田とはどんな人物だったのかという謎だ。前者は火村に、後者はアリスに解き明かしてほしいという彼女の依頼を二人は引き受けた。

梨田は銀星ホテルの401号室に五年ほど滞在し続けていた。支配人夫婦をはじめとするホテルのスタッフとも、常連客ともそれなりに交流を楽しんでいたものの、自分の過去を語ることはなかったという。天涯孤独で、死後に二億二千万円以上の預金があることが判明したが、贅沢をするわけでもなく、ボランティア活動をしながら世捨て人のような生活を送っていた。あまりにも謎だらけのこの人物が何故ホテルの一室で突然の死を迎えたのか……アリスは銀星ホテルに滞在し、梨田の過去を調べはじめる。

本作は、火村・アリスシリーズの中でもかなりの異色作と言っていいのではないか。作中で火村が述懐しているように、通常、このシリーズは二人が警察とともに事件を捜査したり、あるいは犯罪の現場に居合わせたため捜査に取りかかったりしていた。ところが本作では、事件の謎だけではなく、死んだ人間の秘密に包まれた過去を解き明かすことが主眼となっているのだ。梨田を形容する言葉がタイトルに選ばれている所以である。

大学の仕事が忙しく自由に動けない火村の代わりに、アリスが単独で行動するシーンが多いのも異色だ。捜査を担当した刑事、支配人夫婦をはじめとする銀星ホテルのスタッフたち、梨田と多少なりとも交流があった滞在客たち、そして梨田の過去を知る人々……多くの関係者を訪ね、情報を集めるというアリスの地道な調査によって、最初は曖昧模糊としていた梨田稔の人物像が少しずつ立体的になってゆく(一見、本筋とは関係なさそうな情報が、真相の重要な手掛かりとなっているので油断がならない)。アリスは情報を整理するため、梨田や事件関係者の人生の年表を作るのだが、空白の部分が次第に埋まるにつれて、誰にも本心を明かさなかった梨田稔という「鍵の掛かった男」の真実が見えてくるのだ。最後に真相を解き明かすのはもちろん火村だけれども(第七章の最後にある意外な事実が提示されるくだりが「読者への挑戦」の役割を果たしているので、ここで火村がどう推理したかを読者が辿ることは可能だ)、アリスもかなりいい線まで迫っており、実は単独でも彼は結構優秀な探偵役が務まるのではないかと思えてくる。

ところで本作では、シリアでイスラム過激派組織によって日本人の人質二人が殺害された事件をはじめ、二十年前の阪神・淡路大震災など、幾つかの社会的トピックが背景として描かれる(それらが事件に直接関係しているわけではない)。現実の世界では実に無造作に人間の命が奪われているーー時には災害によって、時には同じ人間の手によって。右に挙げた二つの例などは今後も人々の記憶に残るとしても、大抵の非業の死は、せいぜい短いあいだ世間を騒がせるくらいで忘れ去られるのが常だ。本作では、被害者(殺人事件だったと仮定した場合だが)の人生を丁寧に辿り直すことで、探偵が被害者に、そして生者が死者に何を出来るのかを考察させ、人命の重みを強調する。そういったメッセージが決して押しつけがましいかたちでなく語られるあたりも著者らしい。また、アガサ・クリスティーの『バートラム・ホテルにて』、森村誠一の『高層の死角』、東野圭吾の『マスカレード・ホテル』、そして著者自身の短篇集『暗い宿』といった、ホテルを舞台にしたさまざまなミステリを思い浮かべつつ読むのも一興だろう。

『ポンツーン』2015年11月号より

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