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2010.04.15

その8

中野区に住んでいた学生達の未来は?

小田嶋 隆

中野区に住んでいた学生達の未来は?

 仙台で生まれ育った知り合いが、ある時まじめな顔で語っていたところによれば、彼の地における東北大学の学生の地位の高さは、東京の人間には想像もつかない水準にあるものなのだそうだ。
「一種、神様ですよ」
「で、なおかつ自慢の息子ぐらいな、ありがたくも誇らしい存在かな」
 なるほど。わからないでもない。
 とにかく、地方都市の学生さんは全市民的に愛されている。のみならず、尊敬されている。旧帝大の学生ともなればなおのことだ。札幌の北大生や京都の京大生も同様。「学生さん」には治外法権が与えられている。だから、夜遅くまで飲んで騒いでも、地域の人々は大目に見てくれる。いずれ日本を背負って立つ人たちなんだから、てな調子で。彼らは、明治の時代の帝大生が持っていたような、「高等遊民」としての特権をいまだに失っていないのかもしれない。
 が、東京の学生は、もはや特別な存在ではない。
 東京大学の生徒でさえ、たいして珍しがってはもらえない。
 それどころか、仁義の切り方を間違えると揶揄や逆差別の対象になる。
 「ほほう、東大です、と。で?」
 東京の庶民は、学歴に圧倒されない。それほど無邪気ではない。というよりも、東京の商売人は、学生を甘やかしていては、やっていけないのだ。なにしろ、この街は有象無象の学生だらけだから。
 今回は、そんな、東京の学生の話をする。
 私にとって、典型的な学生は、中野区に住んでいる。彼は、地方から単身で上京して、西武新宿線の新井薬師から下井草ぐらいまでの間の各駅停車の駅に下宿を構えている。おそらく、共同便所の木造アパート。
 その、やかましくて世話の焼ける、時に短絡的で、四年生になると人が変わったように自律的になる貧しい学生たちに、私は、一貫して、勝てる気がしなかった。現在に至るもなお。
 中野区は、学生の住むアパートが多い地区だ。
 もっとも、豊島や世田谷や杉並にだって学生は住んでいる。木造アパートの数についてだけ言うなら、豊島区の方が多いかもしれない。が、中野のアパートは、とりわけ学生の純度が高い。それに、新宿中野から杉並に至るいわゆる城西地区は、昔から、学生向けの施設や建物が集中している「学生街」であり、中野は、その学生文化の中心だったのである。
 さて、その中野界隈に住む学生たちは、大学を卒業した後、生まれた町に帰るのであろうか。
 否。
 彼らは、帰りたがらない。東京にしがみつこうとする。できれば、東京の企業に就職し、東京に住み続け、東京で結婚して、東京に家を建てたいと願っている。
 なぜなら、東京で学生時代を過ごした若い人間にとっては、東京だけが真に「自由」でいられる場所だからだ。田舎に帰れば、帰ったその日から古いしがらみや血縁が息を吹き返す。そのことを、彼らは、誰よりもよく知っていて、とても強力に警戒している。
「冗談じゃないよ」
 と、だからY本は言う。
「誰がクニになんか帰りたいもんか」
 なんとなれば、県庁や市役所や地場の企業では、地元の国立大学出身者が微妙に優遇されているからだ。
 無論、早稲田の学生にだって居場所がないわけではない。が、相対的にカゲが薄い。それに、なにより、本人の心が地元と離れてしまっている。ひとたび東京の空気に触れてしまった以上、もはやあの窮屈な土地に帰る気持ちにはなれない。そういうものなのだ
 「お前にはどうでも良い話だろうけどさ」
 こんな会話をかわしたことがある。
 「要するに、オレは田舎の秀才だったわけだよ」
 「オレだってそこそこの秀才だったぞ」
 「いや、オレの言ってる秀才っていうのは学力の話じゃない。生活態度の問題だ。つまり、お前みたいな東京の高校生とはなにからなにまでが全然違うってことだよ」
「そうか?」
「そう。オレらの場合、高校三年までバッチリ門限がある。仮に門限がなくても、高校生が夜の8時過ぎに遊ぶような場所は、どこにもありゃしない。じゃあ、どうやって遊ぶ? 遊びようがないじゃないか」
 さよう。
 地方から早稲田にやってくる彼らは、東京の都立校から一浪して早稲田にもぐり込んだ私たちと比べると、三割ぐらい学力が高かった。というのも、東京出身の早稲田生の多くが私立専願で、三科目しか勉強していなかったのに対して、田舎からやってきた彼らは、地元の国立と併願で受験するのがスタンダードで、それゆえに、最低でも五科目から六科目について、マトモな受験勉強をこなしてきていたからだ。
 生活姿勢は、さらに大きく隔たっていた。
 都立校のユルい校則の中で暮らしてきた私たちから見ると、地方出身の秀才は、ウソみたいに奥手だった。酒、タバコはもちろん、われわれの時代の地方出身の大学一年生は、喫茶店に入った経験すら持っていない者が珍しくなかった。
 が、そんな彼らも、半年後には、一人前の都市住民になる。
 いや、というよりも、彼らこそが、都市の申し子だったのである。
 なんとなれば、都市というのは、デラシネ(←当時の流行語。「根無し草」ないしは、「故郷を喪失した人間」ぐらいの意味)のための場所であり、その意味で、故郷から遠く離れて独立独歩の一人暮らしを始めた彼らは、都市の孤独以外によりどころを持たない、真のコスモポリタンだったからだ。
 引き比べて、私のような、親元から学校に通い、生まれて以来の地縁と友人たちの中で暮らしている東京の学生は、街場の遊泳術に関して若干先行してはいても、しょせんは根つきのお坊ちゃまに過ぎなかった。われわれには、デラシネの孤独も、根無し草の自由も、故郷を捨てた人間の強さも無かった。独力で生きていく決意も持っていなかった。だから、はなから勝てる道理はなかったのだ。
 中野界隈には、そういう、野心的な学生が集っていた。そして、西武新宿線や中央線の沿線には、下宿学生のための店が数多く展開していた。
 要するに、学生というテンポラリーな滞在者に向けたスポットだ。怪しい酒を出す低価格の飲み屋。出所不明の劇団やパンクバンドの根城になっているライブハウスや小劇場。そうした祭りの縁日みたいに儚く、そしてきらびやかな場所と、それらの場所に集う声のデカい学生たち。うらやましい限りだ。
 学生時代は、人生におけるバカンスに相当する。そう。「バカンス」。直訳すれば、「空白」だ。経歴をリセットし、自分をゼロに戻す経験。別の言葉で言えば、青春だ。、
 中野区の下宿学生たちは、典型的な「大学デビュー」を果たすことのできた、ある意味幸運な人々だった。
 であるから、田舎の秀才であった過去や、内気な次男坊であった氏素性をかなぐり捨てて、誰も過去を知る人間のいない大都市で、まったく新しく生まれ変わった男として暮らし始める機会を持った彼らは、じきに、その新しく演出した人格のための、別枠のアイデンティティーを獲得するに至る。そうやって、彼らは、根を持たない都会人としての、アクロバティックな生き方を、わがものとするのだ。
 勝てる道理がない。
 なにしろ、夏休みが終わると、彼らは、同棲をはじめている。どこで見つけてきたのか、女の子と一緒に暮らしているのだ。四月に会った時には、同級の女子と口をきくのにさえ頬を赤らめていた県立男子校出身の男が、である。
 一方、こちらは、相変わらず親元から通っていて、帰りが遅くなる時には、その旨電話をしている。
 「ママに電話かよ(笑)」
 しかも、童貞。まったく勝負にならない。
 大学は、地元に進んではならない、と、そういう法律が可決されるべきなのかもしれない。
 でないと、東京の高校生は、いつまでたっても戦闘力を身につけることができない。

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