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2015.10.23

第6回:第1章-17

自分の無力さを知ること。(前)

K

自分の無力さを知ること。(前)

兵役とはどんなものなのか。自身の641日間の兵役経験を基に綴られた韓国人ミュージシャンKさんの初の著書『幸せを数える。』から、軍隊に入った一人の青年が何を感じ、何を考えたかを、全7回のダイジェストでお届けします。

今回は情報が遮断された兵役の中で知らされた、311の震災について。

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プレゼント応募期間は終了しました。多数のご応募、ありがとうございました。


*  *  *

「日本で地震が起きたみたいだって、さっき上官が話していたよ」

 午後の訓練が終わり、一息ついていたとき、仲間にそう教えてもらったのは、2011年3月12日のことだった。

「ここ(韓国)では地震は少ないけど、日本は地震が多いから、そう別に珍しい話じゃないんだよ」と僕。

「でも、どうもすごく大きな地震だったらしいよ」

「本当に? 日本のどこで起きたと言ってた?」

「さあ、そこまではわからないけど……」

 訓練中は、外部の情報からは隔離されている。小さな情報の断片に、心が曇った。

 

「107番、カン・ユンソン。ちょっとこっちへ来なさい」

 そんなとき、上官に呼ばれた。

「お前、日本に住んでいたと言っていたけれど、日本で地震が起きたことは知っているか?」

「いろんな人から、教えてもらいました。でも、詳しい情報はわからなくて、どんな地震がどこで起きたのか、知りたいと思っていたんです」

 上官は黙って、僕をパソコンがある部屋へ連れて行き、そこでインターネットのポータルサイトのニュースを見せてくれた。

「まさか! いったい何が起きたらこんなことになるんだ」

 ニュースの活字情報を読むよりも先に、日本の被災地の画像が僕の目に飛び込んできた。上官がクリックするとまた新しい画像がアップされていく。がれきが山積するその場所には、たくさんの住宅や生活の温もりがあったはずだ。画像には臭いも温度もないけれど、頭の中で、冷たい風が吹き抜け、焼き尽くしたあとの嫌な臭いを想像するのは簡単だった。真っ暗な夜の風景が災害の凶暴さをイメージさせる。

 津波の動画を見たときは、本当に言葉が出なかった。身体が硬直するのがわかる。被災者の方の悲しみが伝わってきて、胸が締めつけられた。

「ここは東北という地域なんです。東京はどうなんでしょうか?」

「じゃあ、テレビも観たいんじゃないか?」

「はい。観たいです」

 上官のあとについて、テレビのある部屋へ移動する。そしてひと通りニュースを観させてもらった。僕は、どうしようもない気分になって落ち込んだ。上官たちの目を気にすることもなく、ただ大きなため息をつき、肩を落とした。

「電話をかけたいだろう。俺のを使えばいいよ」

 上官が自分の携帯電話を差し出してくれた。

「いいんですか? 国際電話をかけても」

 小さく微笑んだ彼が「どうぞ」と携帯電話を僕の手に握らせた。

「ありがとうございます」

 東京へ1本だけ電話をかけて、友達の安否を確認した。

「東京は大丈夫だから。僕らのことは心配しなくていいよ」

 懐かしい友達の声に、恐怖で固まっていた心が少し緩んだ。携帯電話を上官へ返した。

「やっぱり上官の携帯電話で電話をするのは気を遣うから長く話せなかっただろう。俺のカードで軍の電話を使って、かければいいよ」

 軍には外へかけられる電話機があり、軍専用のテレフォンカードを買って使う。しかし訓練生はカードを持つことが許されてはいなかった。というのに、上官が「このことは他のヤツらには内緒にしろ」と言って、自分のテレフォンカードをくれた。

 

 厳しい訓練の毎日で、この頃には、自分がアーティストであることも、年上だということも忘れていた。もちろん特別扱いをしてほしいと思うことは一度もなかった。訓練生107番として、懸命に生きるだけで精いっぱいだったから。

 だけどこの日、日本の情報に触れさせてくれた上官。訓練中には何度も何度も僕を怒っていた彼が、ピンチを救ってくれた。一訓練生のために力を貸してくれた。被災した日本を想う彼の心を感じた。そして感謝した。同時にそんな彼の想いに恩返しするためにも、自分に何ができるのかと考え始めた。


*  *  *

次回は「第1話-17 自分の無力さを知ること。」の後半を10月27日(火)に公開します。お楽しみに!

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