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2015.10.09

第2回:第1章-1

寒ければ、ポケットに手を突っ込めること。

K

寒ければ、ポケットに手を突っ込めること。

兵役とはどんなものなのか。自身の641日間の兵役経験を基に綴られた韓国人ミュージシャンKさんの初の著書『幸せを数える。』から、軍隊に入った一人の青年が何を感じ、何を考えたかを、全7回のダイジェストでお届けします。

今回は2011年1月18日。入隊日当日の強烈な寒さの中でKさんが思った、不安と決意について。

直筆サイン入りチェキプレゼントも実施中!詳細・応募方法は記事の最後をご覧ください。

プレゼント応募期間は終了しました。多数のご応募、ありがとうございました。


*  *  *

 シンと静まった夜だった。空を見上げると星が輝いている。

 あまりにきれいな夜だったので、少し気持ちが明るくなった。少年時代のキャンプのように、朝が来れば家へ帰れるんじゃないかとすら思えた。この星の美しさを誰に聞かせようかと、両親の顔を思い浮かべたりもした。

 聞こえてくるのは、ザクッザクッと土を踏みしめるいくつもの足音だけ。キンとした冷気が身体からだを包む。

 僕たちは、飲み水が入ったタンクを運んでいた。結構重いが、その重さ以上に、凍いてつく寒さが身に沁しみる。少し身震いをしたけれど、周囲の男たちと同じ調子で歩き続けた。

 軍に入って1日目のことだから、まだ、みんな私服姿だった。完全防寒装備の男もいるが、僕は手袋すらしていない。「手が冷たければ、上着のポケットに手を入れればいい」と思っていたから、持ってきていなかった。しかし、ここでは、ポケットに手を入れることは許されていない。上着の袖を伸ばして手を隠すことも認められない。ポケットに手を突っ込めるって、とても、特別なことだったんだなと思った。

 ピチャ。

 タンクの中ではねた水が、手の甲にあたる。一瞬、切れたかと思うほどの痛みを感じた。そして、僕は思った。

「ここは軍隊なんだ。これから641日、兵役を務めるんだ」

 入隊式から10時間以上が過ぎて、初めて実感が湧わいてきた瞬間だった。

 2011年1月18日。

 入隊式に集まった男たちは、約3000人。全員が、指示通りの短髪。きれいに整列している。緊張感が漂ってはいたけれど、そわそわと落ち着きのない空気。しかしそこには、高揚感や笑顔といったプラスの要素はない。どんよりとした重さに包まれていた。

 韓国の男性は、18歳になると徴兵検査を受け、30歳の誕生日までに入隊し、約2年間の兵役を務める義務が課せられている。入隊時期は個々で選択できるけれど、多くの人が、大学へ進学してすぐ、休学し兵役に就く。

 僕は大学進学後、日本でアーティストとして活動を始めたので、27歳という遅い入隊となった。だから、周りは僕よりはるかに若い20代前半の青年ばかり。入隊式直前まで親元で過ごしてきた彼らの顔は、青年というよりも少年のようで、幼さが残っていた。

 韓国に生まれた男にとって、兵役は特別なものではない。誰もが避けられない義務だ。

 父や兄、親族はもちろん、友人たちも、ほとんどが兵役を経験している。だから、彼らの兵役経験談を耳にする機会は、これまでに何度もあった。

 規則や上下関係、そして訓練。兵役の話には、必ず“厳しさ”がついて回る。すべてが管理された軍隊での日常に、自由はない。理不尽だと感じることや、「そんなことできるわけないだろう」と思うような話も、たくさん聞いた。

 そしてたいてい、世代を超えて、男たちは兵役時代の話で盛り上がるのだ。空腹に耐えかねて蛇を食べた話や、実弾を誤発してしまった話も、みんな笑いとばす。

 だが、当時の僕は笑えなかった。

 肉体的な厳しさは、乗り越えられるだろう。

 精神的な厳しさは、きっと自分を鍛えてくれるはずだ。

 それは頭ではわかる。だけど、軍の中に閉じ込められる1年10カ月。これまで送ってきた社会生活を中断せざるをえない日々への不安は消えなかった。順調に重ねてきたアーティストとしての毎日に、いったんピリオドを打たねばならないのだから。

 自分の人生において、この1年10カ月が大きな障害になるんじゃないか。

 入隊を決めたあとも、ずっとそんな思いを抱いていた。どんなに詳細な経験談を聞いたところで、僕の人生の中断期間は僕だけのもので、誰も語ることはできないのだ。「人生80年、90年と考えたら、1年10カ月なんて、わずかなものだよ」と励ましてもらったが、それで納得できるわけではなかった。

 しかし、どんなに大きな不安を抱えていようとも、兵役の義務から逃れることはできない。覚悟も強い決心も何もないまま、僕は“アーティストK”ではなく、一韓国人男性のカン・ユンソンとして入隊した。

 そして、最初の夜。ポケットに手を入れることさえ許されない現実を思い知ったのだ。強烈な寒さの中で、「あと640日か、最悪だな」とため息をついた。と同時に、ここから戦いが始まるんだという、新たな気持ちにもなれた。


*  *  *

次回は「第1話-6 死について、リアルに感じる機会をもらえたこと。」を10月14日(水)に公開します。お楽しみに!

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