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2015.10.25

合理性を試される試練の行為。料理の本質を突きつける(水島弘史『弱火コントロールで絶対失敗しない料理』)

羽田 圭介

合理性を試される試練の行為。料理の本質を突きつける(水島弘史『弱火コントロールで絶対失敗しない料理』)

『弱火コントロールで絶対失敗しない料理』
水島弘史
幻冬舎刊/1300円(税別)

 

 独身専業作家の自分は、三食自炊しかしない。食事のためだけに外へ出かけるのは億劫だし、外食は大量の油を平気で使っている場合が多い。身体を動かすわけでもない職業の小説家は、摂取した余分なカロリーを消費するべく運動する時間を設けなくてはならなくなる。なにより、金がかかる。僕は少なくとも栄養のバランスだけはとれた自炊をしている。ご飯、海藻類多めの味噌汁、キャベツ、タマネギ、ニンジン、ホールトマトのサラダに、鳥ハム、納豆。このメニューにたどりついてから約一年半だが、毎日同じものを食べている。とにかく面倒なことが嫌だが健康にも気遣っているからだ。野菜はカット後タッパーに入れ軽く酢漬けにし、鳥ハムは四キロぶんまとめて作る。とにかく大量生産、効率主義、合理性を追求しているのだ。先日芥川賞を受賞してから、テレビの取材なんかでやたらとそのことをとりあげられる。「大量生産した鳥ハムの写真を送ってください」といくつもの番組から頼まれても、自分としてはどこがおもしろいのかまったくわからないが、本の宣伝のためと、その要望に応えている。「鳥ハムを大量生産して実際に食べるところまでの映像をとらせてください」バラエティー番組の密着ロケでそう頼まれ、いつものように四キロぶんの鳥ハムを作った。狭い自宅の台所に撮影スタッフがひしめきあい、ずっとカメラを向けられ、次の撮影場所へ向かうための時間もさしせまっている中、鍋の中に入れた鶏肉を強火で短時間加熱した。弱火で長時間加熱するという、大事な要素を守れなかった。完成した鳥ハムは硬く、ただの茹でた鶏肉だったが、「こんなに人がいたら集中して作れないんですよね。コンディションが悪かった」と言い訳し、次の撮影場所へ向かった。カメラがまわっていなくとも、何回かに一回は、ハム感のない鳥ハムを作るという失敗を犯していた。コンディションが悪いときは失敗するのだと、納得していた。

 しかし本書『弱火コントロールで絶対失敗しない料理』においては、〈つくり方、工程には必ず科学的根拠があって/それを理解してしっかり押さえていけば絶対に失敗しません〉。自分の料理の失敗を、軽々しくコンディション不良のせいにしていた僕は、言葉を失った。

 ソテーの作り方において、中まで火を通すためにフォークで穴をあけたり長めに加熱するほうがいいかという問いに対し、〈たんぱく質はかたまると縮むので、穴をあけても意味がありません〉〈長時間の加熱は細胞が大きく縮み、水分が奪われて、パサパサしてしまいます〉。また、ふたをして蒸し焼きにすることの是非についても、〈かたくなるリスクが高くなります〉。一四ページ目にして、自分の間違った方法論を全否定され、自信を失った。本書ではとにかく、弱火か、弱い中火を守りさえすればたいていの料理は失敗しないと説き、そこから派生する具体例を教えてくれる。ムニエルの概念は、目から鱗だった。〈ムース状に泡だったバターのなかでゆっくりと火を通す料理。決してバター風味の焼き魚ではありません〉。また、バットに広げた小麦粉に素材を入れてまぶす非効率的な方法は間違っていて、刷毛を使って薄化粧に仕上げるという、ムラも無駄もない合理的な方法を提示してくれる。手の温度が肉に伝わると粘着力が低下するから、〈手ごねハンバーグはあり得ない!〉と、手ごね○○信仰を科学的根拠のもと否定する。〈料理をおいしくするのは、イメージではなく、ロジックです〉。要所要所に、右記のことが繰り返し書かれる。自分は合理的人間だという自信は、本書を半分ほど読んだ時点で既に崩壊している。〈切り物はスポーツである!〉という見出しのページでは、具材の〈細胞をつぶさない切り方〉のための、正しい切り物のフォームまで示してくれる。肩の脱力や包丁をもつ角度など、そこにはイメージの入り込む余地はなく、万人がそれを真似できるはずのロジックしかない。

 最終章では、〈レシピどおりに調味料を準備し、具材もそろえておきましょう。お手本になるのは、料理番組です〉〈すべての調味料は、できあがりの重量からすでに計算されています〉〈料理とは“はかる”こと〉〈「塩少々」などのあいまいな分量表記/レシピはこんな表現であふれています/水島流レシピでは何度も試作を重ねたうえで、あいまいな表現をできる限り排除しています。だから絶対失敗しないレシピになっているのです〉と、たたみかけられる。

 つまり、そこに正しいレシピがある限り、料理というものは絶対に失敗してはならないのだ。ただ真似をする行為で失敗するということは、作り手の側に甘えがあることの証明。曖昧さを排除し、自分のやりたいようにしかやらないという自堕落な自分を律し、変革させなければならないのだ。

『ポンツーン』2015年10月号より

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