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2015.10.16

何が道徳的かなんて、自分の頭で考えろ!(北野武『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』)

おおた としまさ

何が道徳的かなんて、自分の頭で考えろ!(北野武『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』)

『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』
北野武
幻冬舎刊/1000円(税別)

 

「よいことと悪いことの区別をし、よいと思うことを進んで行いましょう」「うそをついたりごまかしをしたりしないで、素直にのびのびと生活しましょう」「幼い人や高齢者など身近にいる人に温かい心で接し、親切にしましょう」。どれも小学校低学年でもわかる正論である。それもそのはず。これらはまさに、小学1・2年生の「道徳」で学ぶべきこととして学習指導要領に掲げられている筆頭項目なのである。100%正しい。しかし同時に極めてシュールな状況でもある。今、どれだけの大人が、この教えを守っているだろうか。北野武は「子どもに道徳を語る前に、自分の胸に手をあてて、はたして自分は子どもたちに道徳を語る資格があるのかどうか、よく考えてみた方がいい」と、本書の中で喝破する。

「それなのに」なのか「だから」なのかは知らないが、文部科学省は道徳教育を強化する目的で、2018年度から「道徳」を「教科」に格上げすることを決めた。社会科ですらもめている「検定教科書」も作られる見込みだ。点数こそ付けないものの、担任が文章で児童の道徳心に対する評価を下すという。「道徳の教科化」は、国家が国民の内面にまで立ち入ることになりかねないとして長年忌避されていたことだ。

 今さらここでその是非を論じるつもりはない。ただ、担任は気の毒だ。「どの口が言うてるの?」と自らツッコミながら通知表を記入しなければならない。まともな先生ほど心がちくちく痛むだろう。教師という職業は、ただでさえ世間一般よりも精神疾患による休職者の割合が高いのに、その数がさらに増えるんじゃないかと心配だ。

 そういったことが背景にあり、「道徳とは何か?」を考えてみようというのが本書の出発点である。結論は「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」であると「はじめに」には書かれているが、真に受けてはいけない。「道徳とは何か?」「幸せとは何か?」「人はなぜ生きるのか?」、これらはすべてその時々によって答えが変わる「動的な問い」である。「動的な問い」にどう対峙すべきなのか、一つの実践例を本書は示している。その過程で、政治、経済、環境、教育……現代社会におけるさまざまな課題に対して、特に現政権のやり方を、座頭市さながらにばっさりと一刀両断しているのも痛快だ。

 現在の教育改革議論においては、「これからの時代には、やれ英語が必要だ、プログラミングもできなければ、プレゼン力も鍛えよう」と、まるでスマホに便利なアプリをインストールするかのように子どもに「生きるためのスキル」を与えようとする発想が目立つ。しかし本当に育てなければならないのは、子ども自身が未来を予測し、どんな能力が必要なのかを見極め、それを身につけるための方法を見出し実行するための力である。それが「生きる力」。「生きるためのスキル」と「生きる力」は違うのだ。子どもたちに「生きるためのスキル」を一方的に与えることは、子どもたちから「生きる力」を奪うことになりかねない。道徳教育も同じ。道徳を教え込めば、子どもたちの道徳心が育つのを阻害する危険性がある。北野武もそれを危惧している。

「まず大人が自分の頭で考えることだ」と北野武はいうが、彼自身、本書を読んで大人が改心してくれるとは思っていないだろう。むしろ子どもたちに対して「くだらない大人たちにつべこべ言わせず、自分で自分の人生を決めろ。自分で決めれば人のせいにはしなくなる。人のせいにしなければ自由になれる。自由になれば自分なりの道徳も湧いてくる」と鼓舞しているように思える。

 特に中高生に一読をお勧めする。親や学校の先生、もしくは世の中の大人たちに対して自分が感じている矛盾や理不尽が、決して間違っていないことが確認できるだろう。問題は、自分たちもそういう大人たちの仲間入りをするか、それを拒むかである。

 北野武自身は、親の道徳や世間の道徳を飛び出したときのことをこう綴っている。「ただ、今でも忘れられないのは、そうすると心に決めたとき、見上げた空がほんとうに高くて広かったってことだ。ああ俺は、こんなに自由だったんだなあって思った」。

 北野武の言葉には、それが書籍の中のものであれ、スポーツ新聞紙面のものであれ、テレビ番組中のものであれ、映画の中のセリフであれ、私たちの思考をもみほぐす力がある。気をつけていないといつの間にか固定観念に搦め捕られ、つい硬直化してしまいがちな、私たちの思考をもみほぐしてくれる。

 中学生になり面と向かって話すこともめっきり減った息子にも、本書を手渡そうと思う。もし読んでくれたら、まるで近所のちょっと変わったおじさんの与太話のように、心に染み入るだろう。

『ポンツーン』2015年10月号より

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