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2015.10.10

鍵はどこに掛かっているか?(有栖川有栖『鍵の掛かった男』)

中条 省平

鍵はどこに掛かっているか?(有栖川有栖『鍵の掛かった男』)

『鍵の掛かった男』
有栖川有栖
幻冬舎刊/1700円(税別)


 有栖川有栖は、日本の本格推理小説を担って立つ作家です。

 作家本人に「担って立つ」などという気負いはないかもしれませんが、彼がこれまで表明してきた「本格推理小説」への思い入れの深さと、30年近い経歴のなかで達成した作品の質量両面における充実ぶりは、有栖川有栖を日本「本格」の雄として推すに十分です。

 しかし、ここで「本格」とは何かという、原理的であると同時に、「取扱注意」的な微妙な問題に踏みこむのはやめておきます。名探偵が登場してあくまで合理的、論理的に事件の謎を推断すること、犯罪には密室殺人を究極のアイテムとして様々なトリックが仕掛けられること、「読者への挑戦」という形式をはじめパズル小説として読者の推理欲を刺激してやまないことなどを、大まかに「本格」の条件としておきましょう。それらの根本条件に鑑みて、有栖川有栖のミステリは「本格」の規範的な達成であるといえます。

 そうした観点から、新作『鍵の掛かった男』はどのように位置づけられるかというと、それこそ微妙な問題をはらんでいます。

 まずはタイトルです。これは当然「鍵の掛かった部屋」、すなわち、「ロックド・ルーム(密室)」のもじりです。

 本作は、有栖川ミステリの2大シリーズのひとつである「名探偵・火村英生もの」の最新作です(もうひとつのシリーズはいわずと知れた『双頭の悪魔』『女王国の城』で有名な「江神二郎もの」)。「火村英生もの」の記念すべき第1作は、その名も『46番目の密室』と題され、その劈頭には、「密室を愛し、/密室を憎む、/すべての人々に─」という献辞がありました。つまり、「密室」は有栖川ミステリにとって特権的なテーマなのです。

 しかし、本作『鍵の掛かった男』に密室は登場しません。この作品で鍵の掛かっているのは人間であって、部屋ではない。したがって、作品の主題もまた、密室ではなく、閉ざされた人間の過去という謎であり、いかにも「本格」らしいケレンをほとんど拭い去った仕上がりになっています。有栖川ミステリのなかで、異端的な場所を占めるというか、実験的な色彩をもつ作品ともいえるでしょう。

 密室の不在、トリック性の稀薄さ(手紙の隠し場所というささやかなトリックはありますが)とともに、『鍵の掛かった男』の大きな特色になっているのは、名探偵・火村がなかなか出てこないことです。代わって、助手ワトソン役の「私」=有栖川有栖が、この大長篇の前半3分の2で主人公の探偵役を務めることになります。

 

紋切り型ではない都市・大阪の魅力と死者

 この手法は、小説全体の雰囲気を変えています。名探偵・火村と違って、超絶的な頭脳よりはごく普通の足を使う有栖川の事件調査は、一種の阪神紀行といえる趣向を生みだすからです。これに調査の依頼人である小説家・影浦浪子の書きつつある歴史小説『淀殿』の話題が加わって、本作は大阪の地理と歴史をめぐるエッセーとしても抜群の楽しさをもっています。そう、かくいう評者はこの小説を読んでいるあいだじゅう、大阪の紋切り型でない新鮮な魅力に捕えられ、大阪に行きたい(できれば本作の事件現場になったようなプチホテルに泊まりたいなあ)と思っていました。

 本作の軸となる事件は、大阪・中之島の魅力的なホテルで起こる梨田稔という老人の首吊りです。警察は自殺と判断しますが、梨田の知人の影浦浪子はこれに異議を唱え、同業者である有栖川有栖に依頼して、名探偵・火村英生の出馬を仰ぐことになります。

 しかし、大学准教授の火村は何かと多忙で、その不在を縫って、有栖川が調査に乗りだすのです。彼はホテルに泊まり、宿泊客=被疑者たちへの聞き込みを行います。こうして淡々とした記述のなかから、ホテルに集う関係者の生活が描かれていきます。映画でいえば、不特定多数の人々が一か所に集ってひとつの物語を彩る「グランド・ホテル」形式のドラマとしても秀逸な出来栄えです。

 その末に浮き彫りになるのは、梨田稔という「鍵の掛かった男」の人生の謎と真実です。この人物造形において、本作は狭義のミステリをこえて、人生の不条理、人間とは何かという永遠に解答不可能な謎に接近する、正統的な「小説」になっていきます。影浦浪子の次の言葉が本作の通奏低音として響きわたっています。

「人の世は、なんと危うく残酷で、なんと出鱈目で得体が知れないのでしょうか! だから私たちは小説を読み、書くのですよ」

 本作の根底にあるのは、この人間への深い関心です。事件の謎解きもむろん鮮やかに遂行されてミステリファンの興味に十二分に応えてくれますが、その過程でもとくに、単なる被害者とではなく、〈死者〉と向きあう有栖川と火村の姿勢が強調されます。阪神・淡路大震災も重要な細部として機能しており、その意味で、本作は有栖川ミステリの根源にあるモチーフに迫った必読の1冊です。

『ポンツーン』2015年10月号より

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