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『キングダム』刊行記念

2015.09.16 公開 ツイート

新野剛志氏インタビュー
「暴力にまつわる人間の愚かさを
見つめてみたいなと思ったんです」

八月のマルクス』『あぽやん』の新野剛志が、怪物的傑作を書き上げた。その長編小説の題名は、『キングダム』。「王国」の一語が選ばれた。
(インタビュー・文 吉田大助)


 おそるべき魔力、吸引力だ。一度めくれば全四七〇ページ一気読みで、やがて辿り着くのはあまりにも意外な感情の連打。
 新野剛志の最新長編『キングダム』は、現代の東京に実在する半グレ集団「関東連合」に着想を得た物語だ。
「僕は東京生まれ東京育ちなんですが、ネットの掲示板で彼らに関する書き込みを見つけるまで、存在を知らなかったんですよ。驚いたんです。自分とひと回りしか違わない下の世代に、しかも馴染みのある世田谷や杉並に、こんなに異様な集団が存在していたのか、と。“なんで暴走族の兄ちゃんがモデルと付き合ってるの?”という嫉妬も正直、ありました(笑)」
 ネットで彼らの動向を追い掛け始めた頃に、西麻布で歌舞伎俳優暴行事件(二〇一〇年一一月)が起こり、続けて六本木クラブ襲撃事件(二〇一二年九月)が起こった。
「深夜のクラブに金属バットで乗り込んでいって、人を殺してしまいます。のちのち分かったことは、本来のターゲットとはまったく別人を殺してしまったんですね。“彼らの愚かさって、何なんだろう?”と思ったんですよ。暴力でつながっていく絆、暴力にまつわる人間の愚かさを、自分なりに見つめてみたいなと思ったんです」

愚かなヒーローの野望は

 物語は、武蔵野連合のナンバーツー、〈真嶋〉を軸に進んでいく。彼は仲間たち数名と闇金グループ、振り込め詐欺のグループを統括し、数百億円を荒稼ぎしている。犯罪描写は、圧巻のリアリティだ。
「マネーロンダリングの方法、振り込め詐欺で奪った金の管理、モデルクラブの運営法などは、オリジナルで考えたものです。あとで確認がてらネットを調べてみたら、まったく同じ方法が書かれていたり(笑)。人間、考えることはだいたい同じなんでしょうね」
 クールで知的、仲間思いの〈真嶋〉は、“ケツ持ち”のやくざの脅しにも屈しない剛胆さも持っている。胸に抱いている野望は、途方もないものだ。
「裏の世界の人間が、裏社会の絶対的な居場所、東京を獲りに行く。〈真嶋〉の世界という意味で、『キングダム』というタイトルを付けました」
 このダークヒーロー像は、完全なる創作だった。
「目の前のカネや快楽に執着せず、一〇年先に得られるもののために、欲望を捨てる。そういう特異な性質を持った人間が、もしも関東連合のような集団を率いていたらどうなるか……という考え方で書き進めていきました」
 もちろん、〈真嶋〉は聖者ではない。トラブルを嘘と暴力で切り抜けようとする彼は、「仲間以外はみんな敵」という短絡思考の持ち主で、他人の価値観を受け入れられない子どもでもある。
「主人公ですし、ある程度魅力的に書こうとは思っていたんですが、やっていることはやっぱり、愚かなんです」
 本作は、複数の視点人物を採用した群像劇でもある。同級生だった〈真嶋〉への嫉妬の焔を燃やす〈岸川〉、武蔵野連合がらみの事件を追う刑事の〈高橋〉、〈真嶋〉が役員を務めるモデル事務所にスカウトされた女子高生の〈月子〉。なぜ群像劇スタイルを採用したのか? その理由とは、何か。
「〈岸川〉も〈高橋〉も〈月子〉も、みんながみんな、愚かなんですよね。なぜかと言うと、〈真嶋〉と出会うことによって“プチ〈真嶋〉化”していったからだと思うんです。……という構造になっているんだということを、書き上げた時に気付きました(笑)」
 なにより驚くべきは、四人の登場人物が迎えるそれぞれの結末だ。書き手の側が善悪を決めつけず、罪を必ずしも罰しない。その姿勢が、通常の物語ではありえないエンディングを導いた。確信できる。これは怪物的傑作だ。
「書き始めた時は、どうせ色物だと思われるよねぇという、ある種のあきらめがあった(笑)。でも、キリッと締まった文体で書けているし、僕自身も最後の最後までハラハラしながら、ある種綺麗な着地ができた。少なくとも昔ネットで関東連合の存在を知った時、掲示板を読みあさったかつての自分も納得させられるような小説が書けたんじゃないかな、と思うんです」

(パピルス62号インタビューより転載)

関連書籍

新野剛志『キングダム』

岸川昇は、リストラにあい失業中。偶然再会した中学の同級生、真嶋は「武蔵野連合」のナンバー2になっていた。真嶋に誘われ行った六本木のクラブでは有名人たちが酒と暴力と女に塗れ……。そんな中、泥酔し暴れる俳優に真嶋が「自分で顔をナイフで切れ」と迫る――。絶叫と嬌声と怒号。欲望を呑み込み巨大化するキングダム。頂点に君臨する真嶋は何者か。

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