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2015.09.14

第11回

月にはうさぎと絶世の美女

小原 祥嵩

月にはうさぎと絶世の美女

ベトナムで日本の四季を懐かしむ小原さん。ホーチミンは雨季と乾季しかないのだそう。でも季節の風物詩はあります。9月は中秋節。街は月餅商戦でにぎわっているようです――。


ホーチミンとハノイの気候の違い

先日ハノイからホーチミンに拠点を移したベトナム人の友人がふとつぶやきました。「ハノイが恋しい」と。生まれ育った土地への郷愁の念というのは、いずこも同じですね。そんなホームシック気味な彼女に「もし、何かひとつハノイからホーチミンに持ってくることが出来るとしたら、何を持ってきたいか」と聞いたところ「四季の移ろい」との答え。なんとも情緒があるなぁと関心するとともに、四季折々の美しい風景をもつ日本を懐かしみました。

ベトナムは国土のすべてが年がら年中暑い常夏の国というイメージを持たれている方が多いのですが、実はそうではありません。国土が南北に長いベトナムは都市によって大きく気候が異なります。私の居る南部のホーチミンは雨季と乾季の2つの季節(HotとVery Hotの2つだともよく言われます)で、いわゆる年中暑い南国の気候です。

一方、南部ホーチミンからハノイまで北上すると、気候はがらりと変わり、季節が春夏秋冬と移ろうのです。ハノイの夏はホーチミンよりも暑く、冬は気温が10度を下回ることも少なくありません。山間部まで分け入ると雪が降ることもあるほどです。そんなハノイの気候がもっとも穏やかで過ごしやすくなるのが、秋を迎えたちょうど今ぐらいの時期です。真夏には40度に迫る気温が日を追うごとに下がりはじめ、街路樹が赤や黄色に色づき始めるのです。人々は過ぎ去る酷暑に胸をなでおろし、寒い冬が訪れるまでの束の間の穏やかな季節を楽しみます。

 

中秋節。大人は月餅、子どもはランタン

そんな秋の風物詩といえば中秋節です。旧暦の8月15日に月を鑑賞するこの習慣は中国を起源としています。日本ではすすきを活け、団子をお供に月を愛でるのが十五夜の過ごし方ですね。

ここベトナムで中秋節といえば「月餅」と「ランタン」です。

 

ベトナム中秋節といえば月餅とランタン

 

「月餅」とはその名の通り月を模したお菓子で、ベトナム全土で中秋節の贈答品として用いられます。これからの時期は街中の通りという通りには月餅を売る屋台が軒を連ね、多くの人々が月餅を買い求めるのです。小豆や蓮の実の餡を詰めたオーソドックスなものから、ドリアンを使用したものなど様々な月餅が売られています。世界的なアイスクリームチェーン店もアイスの月餅を販売していたりするのです。この中秋節の贈答商戦は明らかに年々激化しています。これは成長を続ける経済と見栄と面子を重んじるベトナム人気質が月餅商戦に現れています。

月餅に加えてベトナムの中秋節を彩るのが「ランタン」です。現在の都市部ではほとんど見られませんが、中秋節には子どもたちがランタンを提げて村を練り歩く風習がありました。これは聖なる木を冒涜してしまったばかりに、天まで届く木とともに月に運ばれてしまったChi Hangに、地上への道筋を示すためだと言われています。日本では月にいるのはかぐや姫ですが、ベトナムではChi Hangが想起されるようです。

そもそもベトナムでは中秋節は子どものためのお祭と捉えられています。なんでも、日頃農作業で子どもの相手を出来なかった大人たちが、農作業が一段落するこの頃に罪滅ぼしも兼ねて子どものお祭としたんだとか。この時期は子供向けのおもちゃやランタンを売る露店が軒を連ね、家族連れで賑わい、さながら日本の夏祭りのような活況を呈するのです。

 

夜店でおもちゃを買ってもらう子ども

 

余韻を楽しむ日本の美意識

映画はベトナム人が大好きな娯楽のひとつです。週末ともなれば市内の映画館は家族連れやカップルで賑わいます。そんなベトナムの映画館に行って驚いたことがあります。それは映画本編終了後のことです。日本であればエンドロールが流れ終わるまで館内は暗く、観客もエンドロールを眺めながら本編の余韻に浸るひとが少なくないのではないでしょうか。しかし、ここベトナムでは本編が終わった瞬間、シアター内に照明が灯り、退館を促すアナウンスが流れるのです。人々もあっという間に映画館から引き上げていきます。はじめて映画館でその光景に出くわした時には変わり身の早さというかあっさりとした幕切れに戸惑ったものです。映画だけでなく、例えば花火などのショーがあった時も同じです。花火が終わったと分かるやいなや、皆我先にと家路を急ぐのです。

こうした状況に戸惑うと共に物足りなさを感じたのは日本人独特の感性によるものかもしれません。

徒然草の一節に「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは。」というのがありますね。すべてのものは移ろいやすく、完全なものはない。むしろ不完全だからこそ趣や美を感じ取るという日本人の美意識が良く表されていると思います。たとえ月が雲間に隠れても、見えない月に思いを馳せようという態度を古来より大切にしてきたのです。一方のベトナムでは目の前に見えているものがすべてであり、花であれば満開の、月であれば満月こそが素晴らしいという感覚が少なからずあるのではないかと感じました。

同じ十五夜の月を見ていても、永きにわたって積み重ねてきた文化や万物への対峙の仕方の違いによって、その受け取り方は大きく異なりそうですね。皆さんの目にはどのように映るでしょうか。

それではまた!

 

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