毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2013.09.01

連載エッセイ87

次々と繰り出される自意識のギャグ 
施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』
『鬱ごはん』『オンノジ』

中条 省平

次々と繰り出される自意識のギャグ <br />施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』<br />『鬱ごはん』『オンノジ』

 今回は本題のマンガに入る前に、ちょっと遠回りをさせていただきます。落語の話です。
 私が落語を聞きはじめたのは小学校1、2年のころ(昭和30年代)です。当時、私は神奈川県の東南端にある三浦三崎という漁港の町に住んでいたので、寄席には行ったことがなく、落語はもっぱら鮨屋だった母方の祖父がつけっぱなしにしていたラジオから聞いていました。贔屓の落語家は先代(八代目)の桂文楽で、その理由は、口跡が明快で小学生にもはっきりと聞きとれたし、その上、子供心にも分かる色気というか、なんともいえない華やぎと粋とが感じられたからです。
 文楽十八番のうち「寝床」「酢豆腐」「船徳」「鰻の幇間」「愛宕山」といった大好きな落語は何度か聞いてだいたい憶えたのですが、小学校5年か6年のとき、千葉の市川に住んでいた父方の祖父の家で、たまたま素晴らしい本を見つけました。安藤鶴夫の『落語鑑賞』です。そこには、文楽の主な演目が完璧に活字化されていました。私は初めて文楽の落語の言葉を隅から隅まで正確に知ったのです。
 しかし、それは演者の言葉をそのままおこしたいわゆる「速記本」ではなく、落語家の言葉だけでなく、口調や雰囲気まで、活字で読んだときに最適なかたちで再現するという非常に手のかかった仕事の賜物でした。子供の私にそんな有難味が分かろうはずはありません。私はそれぞれの落語の初めに付された安藤鶴夫の小難しいお説教はすべてすっ飛ばして、この本の文楽の再現落語に読みふけり、落語の世界に身をひたしました。
『落語鑑賞』ののち、落語をめぐっていちばんショッキングな出来事は、古今亭志ん生の「寝床」でした。それまでも志ん生の落語はラジオで耳にしていたのですが、ともかく声が老人くさく、口調もふにゃふにゃしていて、好きになれませんでした。それは文楽の落語の格調や華やぎや粋とはまったく相容れないものだったのです。
 その志ん生が「寝床」を演るという(もちろん録音ですが)。すでに私は中学生になっていて、新聞のラジオ番組表かなにかでそのことを知ったのだと思います。「寝床」といえば文楽=アンツル(安藤鶴夫)の「寝床」以外ありえません。私はどんなものか聞いてやろうとラジオに耳を傾けました。これが凄かった! 
 志ん生の「寝床」は、文楽の一語一句をゆるがせにしない端正な芸とは対極の、八方破れ、でたらめ、スラップスティックといってもいい言葉の曲芸で、話の内容も文楽の落語とはかなり違っていました。
 いちばん凄かったのは、オチの「あすこはわたしが、いつも寝る寝床でございます」という演題の由来になる丁稚のセリフまで行かずに、義太夫好きの旦那のサディスティックな行状をこれでもかこれでもかと描きだして、いきなり終わってしまったことです。

ログイン

ここから先は会員限定のコンテンツ・サービスとなっております。

無料の会員登録で幻冬舎plusを更に楽しむ!会員特典をもっと見る

会員限定記事が読める

バックナンバーが読める

電子書籍が買える

イベントに参加できる

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

中条省平『マンガの論点』
→書籍の購入はこちら(Amazon)

10年前すでに戦争とテロと格差社会を描いていたマンガは、つねに世相の3歩先を映し出す予言の書である。そしてその後、何を予言し的中させてきたか。マンガを論じるとは、まさにこれを読み解くことでもある。『デスノート』『ソラニン』『すーちゃん』『へうげもの』『闇金ウシジマくん』『20世紀少年』『この世界の片隅に』『JIN-仁-』『PLUTO』『鋼の錬金術師』etc.からフランスのマンガBD【ルビ:ベーデー】まで、この10年間の数百冊を取り上げ、読み方のヒントを明示し、現代日本そのものを読み解く。


中条省平『マンガの教養』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)

マンガなど読んでいてはバカになる―そう嘆く世の風潮を激しく批判し、マンガと劇画を擁護した三島由紀夫は、かつてこう説いた。「若者は、劇画や漫画に飽きたのちも、これらを忘れず、突拍子もない教養を開拓してほしい。貸本屋的な鋭い荒々しい教養を」と。そして今、大学中心の教養主義が崩壊し、かつて「反」の象徴だったマンガが教養として語られる時代となった。ギャグから青春、恋愛、歴史、怪奇、SFまで豊饒たるマンガの沃野へ踏み出す第一歩のための、最適な傑作100冊とその読み方ガイド。

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
朝礼ざんまい詳細・購入ページへ(Amazon)
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!