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2015.09.16

複雑を極める悪因縁の構図と再読により浮上する実像(まさきとしか『きわこのこと』)

千街 晶之

複雑を極める悪因縁の構図と再読により浮上する実像(まさきとしか『きわこのこと』)

 『きわこのこと』まさきとしか
幻冬舎刊/1500円(税別)

 

「袖振り合うも多生の縁」という諺がある。知らない人と偶然道で袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁である─という仏教の思想に基づく言葉だが、そういった宗教的な背景は措くとしても、人間同士の縁というのは不思議なものだと感じたことは誰にでもある筈だ。しかしそれは良い縁とは限らず、「もし人生であいつと出会わなければ」とあとで何度も思い返すような悪縁も存在している。前世からの因縁とでも考えなければ心が受け入れられないほどの悪縁も─。そんなことを考えさせられるほど、複雑に入り組んだ人間の縁の構図を描いているのが本書『きわこのこと』だ。著者のまさきとしかは『完璧な母親』(二〇一三年)などの作品で実力を発揮している。最新刊の本書は、『完璧な母親』と同じくミステリ路線の作品だが、更に難度の高い構成に挑んでみせた力作である。

 本書の中心人物は貴和子という女性である(苗字は何度か変わっている)。ただし、彼女は登場人物の回想などに登場するだけであり、貴和子という名前さえ出てこない章もある。中心人物を直接描かず、周りのエピソードから人物像を浮かび上がらせる手法は、東野圭吾のベストセラー『白夜行』を想起させる。

 第一章は、二〇一五年、北海道の苫小牧市で七十八歳の老人が交通事故で死んだという新聞記事から幕を開ける。いや、事故そのものが老人の命を奪ったのではない。車を運転している最中、太巻きすしを食べていて窒息死したのだ。

 何とも珍妙な発端だが、次のページから登場する大龍昇という老人がこの事故で死亡した人物であることは読者も早々に予測するだろう。七十八歳の昇は独り暮らしの元漁協職員で、血縁としては甥夫婦がいるだけである。そんな昇は、ある日、馴染みの呑み屋で三十代くらいの女と知り合う。岡本多恵と名乗ったその女とともに暮らすようになった昇は、とっくの昔に破綻した結婚生活のこと、そして貴和子という女のことを思い出していた……。

 第二章は遡って二〇一三年、従業員の平均年齢が六十四歳という「超熟女専門」売春クラブが警察に摘発された記事から始まる。この章の主人公は小浜芳美という五十二歳の女性。仕事を失った彼女は、あの女の視線を感じるようになる。人生がどん底の時に限って感じる蔑むような視線を。あの女がどこからか、いまの私を見てせせら笑っている─中学と高校の同級生、一柳貴和子が。

 こうして章が進むごとに年代は遡行してゆき、奇妙な事件を報道する新聞記事と、それに関連する人物の物語がそれぞれの章で語られる。第三章は二〇一二年、他人の家のベランダで発見された男の記事と、貴和子をめぐるある男を殺害しようと思っていた人物の物語。第四章は二〇一〇年、パトカーに追跡された車を運転していた女が電柱に衝突した記事と、生さぬ仲の娘に憎悪を募らせてゆく女の物語。第五章は二〇〇九年、二十歳の誕生日に母親を刺殺した男の記事と、継母への嫌悪を抑えられない若い女の物語─。登場人物同士の関係は実に複雑であり、無関係なふりをして複数の章に顔を出している人物もいるので注意しながら読んでほしい。

 各章の登場人物たちの中には、貴和子を直接知っていた人物もいれば、間接的な関わりしか持たない人物もいる。しかし、どの人物も最後は惨めな末路を迎えている点は共通している。では、貴和子とは周囲の人間を不幸へと導く魔性の女なのか? ここで、第五章を除いて、視点人物の過去の回想にしか貴和子が登場しないことに注意しよう。彼らは老若男女関係なく、大なり小なり思い込みに囚われているところがあり、心理的な独り相撲を戦っている。彼らの心の中の貴和子像が一面的なものでないと、誰に言い切れるだろうか。貴和子を中心に繰り広げられる悪因縁の曼荼羅において、彼女本人はどの程度の役割を果たしているのだろうか。

 最後のページで紹介される記事の内容には狐につままれたような気分になる読者もいると予想されるけれども、その時には二つのことをお薦めしたい。まず、全登場人物の相関図を書くこと。登場していながら、末路がはっきりしていない人物が何人かいる筈だ。もうひとつは、今度は逆に第五章から第一章へと(時系列通りに)再読することだ。この「逆再読」によって、貴和子という女のイメージはまた別な印象を帯びて読者に刻み込まれるのではないだろうか。それは、最初に通読した際に登場人物たちから植えつけられた貴和子の虚像が、実像の浮上によって洗い流されてゆく過程とも言える。ただし、この再読によってもまだ貴和子の人生には謎の部分が残るけれども、それは読者ひとりひとりが想像で補ってゆく他はないのだろう。

『ポンツーン』2015年9月号より

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 関連書籍

まさきとしか『きわこのこと』

「いらないなら、私にちょうだい」
女はなにも持たず、すべてを欲しがり、家族を手に入れ、
そして息子に——殺された。

ありふれた三面記事。見知らぬ他人の他人事。しかし――時間をさかのぼり見えてくる"貴和子"という一人の女の人生。貴和子は、事件に関わっていたのか。貴和子は、彼らに何をしたのか。そして貴和子は――何者だったのか。
徹底して母と娘の関係を描き続けてきた著者が挑む新境地。
他人事。それは真実に辿り着くことのない、最大のミステリ
ー。

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