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2015.09.28

試し読み連載 第1回 

第1回 一話 タイムテーブル
人生ついてない女性が見つけたお店とは?

谷 瑞恵

第1回 一話 タイムテーブル <br />人生ついてない女性が見つけたお店とは?

大ヒットシリーズ「思い出のとき修理します」の著者・谷瑞恵さんの最新作「がらくた屋と月の夜話」が好評発売中です。仕事も恋も上手くいかない主人公つき子が「河嶋骨董店」に辿り着くところからお話が始まります。がらくたばかり置いてあるその店は、モノではなく、ガラクタに秘められた”物語”を売っている所でした。古い時刻表、欠けたティーカップ、耳の取れたぬいぐるみ……。あなたも、つき子と一緒に物語の旅に出かけてみませんか。

こちらから、お話の冒頭をお楽しみください。

ベンチに座る老人の足元には、大きな革製のトランクがある。中身はガラクタばかりだが、通りかかる人に見せびらかすかのように、蓋が開いたままになっている。しかしそこは、道ばたではなく児童公園だ。夜の児童公園に人影はない。
 満月の光だけが注ぐ公園で、トランクの中のガラクタは身じろぎもせずに人が来るのを待っている。青い薬ビン、壊れた秤、片方だけの手袋、ひとつしかないチェスの駒、使い古された自分たちでも、もしかしたら再び必要とされるときがくるかもしれないと信じて、じっと待っている。
 月夜の児童公園には、回転式ジャングルジムや背の低い鉄棒や、木製のシーソーなどわずかばかりの遊具があるが、どれも古びていて、トランクの中のものとそう変わらないガラクタにも見えるだろう。
 ここには古いものしかない。だから、月の光もやさしい。汚れや傷が目立たないように、懐かしい姿形だけが浮かび上がるように、淡い光で包み込んでいる。
 それらをおだやかな目で見つめていた老人は、ふと思いついたように、ガラクタの中から使い古された地球儀を取り上げ、上着の袖口で汚れをぬぐった。
 色あせた地球儀も、今夜の月光のもとでは特別な骨董品のように堂々としていた。

……………………

 ついてない人生、というのは確かにある。どちらかに振り分けるなら、おそらくついてないほうに属していると、山本つき子は常々思っていた。自分でそう気づいたのは数年前、就職で内定をもらったばかりの会社が倒産したときだ。
 思えば、大学受験のときは当日に熱を出して失敗し、志望校に入れなかった。高校生のときは合唱コンクールでピアノを弾くために猛練習したのに、前日の体育で小指を骨折して晴れ舞台に上がることはできなかった。
 そんなふうに、ことごとく華やかな場面とは縁のない日々を送っているつき子だが、その日もやはり、運がいいとはいえない一日だったのだ。
 人数あわせで誘われた飲み会の帰りだった。そういう場での自分の役割はわかっている。盛り上げ役に徹して、色気は出さないこと。もともとそんなものはないし、自分自身、楽しく飲み食いできるのがいちばんだと思っている。
 働きはじめて数年、そんなだから色恋とは縁なく過ごしているわけで、だとするとこれも、人生ついていないことの証拠だろうか。
 そのうえ少々飲みすぎたからか、その夜、つき子は道に迷ってしまったのだ。
 飲み会で、駅の裏通りにおいしい和菓子の店があると誰かが言っていた。鈴カステラが絶品だと聞き、つき子は耳をそばだてた。子供のころ好きだったなと懐かしく思い出したからだ。しばらく食べていないが、おいしい鈴カステラがあるならぜひ買ってみたい。
 いつも使っている駅の近くらしいのだ。反対側の改札を出ればわかるだろうと、安易に考えて歩き出したものの、これといった案内板もなく、少し路地へ入り込んだらすっかり方角がわからなくなった。
 もちろん、和菓子の店は見つからない。思いつきで行動するからだ。ついてない。
 なんとなく空を見上げたら、大きな月が浮かんでいた。
 月を見たのは何年ぶりだろう。通勤のために急ぎ足で行き来する雑踏では、上を見る余裕などなかった。人とぶつからないように、電車に乗り遅れないように、そんなことを考えてばかりで、空に月があるなんてことを忘れていたかもしれない。
 すぐにビルの陰に隠れてしまいそうな月を、もっとよく見ようとして、低い屋根が連なるほうへと足を向ける。いっそついてないなら、とことん道に迷ってやる、なんて思ったのは、やはり酔っぱらっていたせいだろう。
 線路の高架下をくぐったのはおぼえている。道は狭く入り組んでいて、駅前にあるはずのビル群はもう見あたらなくなっていた。空は広いが、思いがけず電線が網の目のように張り巡らされていて、景色がいいとはいえない。
 それでも、ネオンやビルの光がなくなったぶん空は暗く、月はくっきりと輝いていた。じっと見ているとまぶしいほどだ。こんなに明るいものだったのだろうか。ほんの少し、ついてないという落ち込んだ気分も明るくなる。
 けれど、つき子にとって災難な出来事はそれだけではなかったのだ。
 そろそろ駅のほうへ戻ろうと考えながらも、道がわからないから、あてもなくふらふらと歩き出す。
 狭い道に沿って、隙間なく建物が並んでいる。民家の前の植木は、ときどき道路にはみ出して、あたりは下町の雰囲気だ。小さな飲食店の看板がぽつぽつとあり、カラオケの歌声が漏れ聞こえていたり、町工場なのか機械が動くような音が絶え間なく耳に響く。二階建ての古いアパートや、いまだに営業しているらしい銭湯から漏れる明かりは、やけに青白く、なんだか過去へ迷い込んだかのようだった。
 路地はふいに行き止まり、しかたなく引き返すが、どこからこの道へ入り込んだのかわからない。とりあえずと、突き当たりの角を曲がったときだ。道をふさがんばかりに横たわっていたものに、つき子はぶつかって倒れそうになった。
 すねを打った痛みをこらえながらも、足元のものを確認すると、ずいぶん大きなトランクだ。街灯の下、革製のトランクはやけに年季が入っていて、にぶい艶を放っていたが、あちこちすり切れて粗大ゴミのようにも見えた。
 いや、そのときはまだ粗大ゴミだと思っていた。トランクはつき子に背を向ける形で蓋が開いていたが、回り込んで中を覗き込めば、ゴミでいっぱいになっていたのだ。
「おやおや、壊れてしまいましたかね」
 突然、暗がりから声がして、飛び上がりそうになった。背の高い老人が、ゆっくりとトランクへ歩み寄り、だいじそうに蓋を撫でた。
「すみません、つまずいてしまって……。でもトランクは無事みたいです」
「トランクではなくて、ほらこれが。取っ手が折れてしまいましたよ」
 老人は、トランクの中から陶器の水差しを取り出した。確かに取っ手がはずれているが、つき子のせいで折れたものだろうか。その水差しは、注ぎ口や装飾の部分も欠けていて、大きくひびが入り、とっくに水差しとして役に立ちそうになくなったものに見えた。
「あの、これ、ゴミじゃないんですか?」
 チェックの中折れ帽をかぶり、丸メガネに口髭という老人は、大げさに首を振った。
「とんでもない。私の商売道具です」
「商売……ですか?」
「売り物なんですよ」
 そう言われれば、つき子は頭を下げるしかない。
「ごめんなさい。あの、じゃあ、わたし弁償しますので……。これ、おいくらですか?」
「残念ながらお売りできません。あなたには、これの価値がおわかりにならないでしょう?」
「はあ」
 確かにまったくわからない。
「ですから、そうですね、一日だけ手伝ってくれると助かりますね。歳のせいか、このごろ無理がきかなくて」
「手伝う? ご商売をですか?」
「そうです。気が向いたら、明日の夜、ここへ来てください」
 それだけ言うと、老人はトランクの蓋を閉じた。よっこいしょと持ち上げて、街灯の光が届かない暗い場所へと、消えるようにすいこまれていった。
 つき子は暗いほうへ目を凝らした。目が慣れてくると、古いアパートと銭湯の隙間に、一軒家がはさまれているのがわかる。薄く開いた戸口は穴蔵のようだ。玄関だろう引き戸は、割れたガラスにガムテープが貼ってあり、その手前には道まであふれそうなほど雑多なものが積まれていた。

 

次回は、10月12日(月)公開予定です。

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