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2015.08.22

「八紘一宇」は造語だった。
作者・田中智学とは何者か
第2回『八紘一宇』

島田 裕巳

「八紘一宇」は造語だった。<br />作者・田中智学とは何者か<br />第2回『八紘一宇』

 戦前戦中の日本人を魅了した「八紘一宇」ということば。その謎に迫った『八紘一宇 日本全体を突き動かした宗教思想の正体』(島田裕巳)から、一部をご紹介する連載第2回。
 参議院予算委員会で、三原じゅん子議員がそのことばを突如もちだした背景、ことばの生みの親である宗教家・田中智学とは何者か。周辺事情も含めた概要をたどります。

 


「八紘一宇」ということば自体の魅力と田中智学


 今回の質問は、1年前の質問の続きということになるわけだが、この1年の間に、三原議員のなかで何かが起こっていた可能性がある。彼女は、八紘一宇の考え方を紹介する際に、昭和13(1938)年に出版された『建国』という本についてふれている。これは、清水芳太郎(しみずよしたろう)という人物が書いたものである。

 清水は、和歌山県の出身で、昭和9年に国家主義の政治団体「創生会」を組織し、12年から15年までは九州日報社の社長をつとめている。しかし、16年に飛行機事故で43歳の若さで亡くなっている。死後には全7巻の全集も刊行されており、言論人としてかなりの活躍を見せたことがうかがえる。

 いったい三原議員は、どうやってこの清水の『建国』のことを知ったのだろうか。国立国会図書館には納本されているが、いくら彼女が国会議員だからといって、偶然その書物を手に取るとも思えない。彼女は、何か別の本を通して、あるいは誰かから聞いて、『建国』の存在を知ったのだろう。

 その点は不明だが、三原議員が何かのきっかけで、八紘一宇ということばを知り、それを是非とも国会の場で、国民全体に向かって伝えようとする気持ちになったことは事実である。彼女は、八紘一宇の意味をしっかりと把握していたのだということを、質問が話題を呼んだ後、自身のブログで次のように述べている。

 

 この言葉が、戦前の日本で、他国への侵略を正当化する原理やスローガンとして使われたという歴史は理解しています。侵略を正当化したいなどとも思っていません。私は、この言葉が、そのような使い方をされたことをふまえ、この言葉の本当の意味を広く皆さんにお伝えしたいと考えました。

 

 多くの人たちは、三原議員が不用意に、正確な意味も知らないまま八紘一宇ということばを使ったと考えたかもしれないが、彼女はいわば「確信犯」だったのである。

 この三原議員の質問をめぐる騒動は、すぐに収束した。現代では、次々と新たな出来事が起こり、人々の関心も移ろいやすい。

 だが、果たしてこの騒動が、これで完全に終わりを告げたかどうかは、今の段階ではわからない。三原議員が確信犯であるとすれば、また、同じようなことを国会の場で蒸し返す可能性もあるからである。

 あるいはそこには、八紘一宇ということばの魅力ということがかかわっているのかもしれない。それは、戦時中において、国民を戦争に駆り立てる上で重要な役割を果たし、日本が海外進出、あるいは侵略を行うことを正当化する役割を担った。一時期とはいえ、八紘一宇ということばは国民全体を魅了したのである。

 三原議員は言及しなかったが、この八紘一宇ということばを作ったのは、日蓮信仰と皇国史観を合体させ、戦前において大きな影響力を発揮した田中智学(たなかちがく)という宗教家である。その田中が作り上げた組織が「国柱会(こくちゅうかい)」であり、そこには詩人で童話作家の宮沢賢治(みやざわけんじ)や満州事変を起こした石原莞爾(いしわらかんじ)、さらには伊勢丹の創業者、小菅丹治(こすげたんじ)などが加わっていた。

 田中の国柱会以外にも、日蓮信仰と皇国史観を合体させる「日蓮主義」と呼ばれる思想運動に共鳴、共感する人々は多く、「一人一殺」というスローガンを掲げて要人のテロを実行した井上日召(いのうえにっしょう)の血盟団や、「死のう、死のう」と叫びながら自殺行為を実行しようとした死なう団などがあった。

 さらには、二・二六事件において、民間人として唯一死刑に処せられた思想家の北一輝(きたいっき)も、強烈な日蓮信仰をもっていた。日蓮や日蓮主義に引かれる思想家や文化人、そして軍人は少なくなかったのである。

 こうした日蓮主義や日蓮信仰は、日本が戦争に敗れたことで、急速に力を失ったかのように見えた。戦後の社会においては、昭和天皇の「人間宣言」もあり、皇国史観は日本を戦争に追いやった思想として、その価値は否定された。

 しかし、高度経済成長の時代に急成長を遂げた日蓮系の新宗教である創価学会が政界に進出した背景には、田中智学が説いた「国立戒壇」の考え方があった。

 おそらく、三原議員も、八紘一宇ということばの背後に、これだけの思想や運動があることまでは理解していないだろう。それは、彼女の質問に驚いた国民全体についても言える。

 この本で明らかにしようとするのは、八紘一宇ということばの広がりであり、それが近代の日本社会においてどういった役割を果たし、どのようにして多くの人々を魅了し、日本の社会を突き動かしていったのかということである。戦後70年を迎える今、私たちは、そのことを改めて理解しておく必要があるのではないだろうか。
 

 

最終回の更新は、9月1日(火)予定です。
次回は、戦争遺跡の一つとされた「八紘一宇の塔」について。全長約37メートルという巨大な石碑の、興味深い歴史を追います。

 

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