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2015.08.13

軍需品としての音楽

第1回 音楽による総力戦

辻田 真佐憲

第1回 音楽による総力戦

軍歌とは、軍部が上から押しつけたおそろしい音楽だと思っている人がいるかもしれません。しかし、実は、軍歌は、日本史上、最も国民の心を掴んだ音楽だったのです。国民にとっては生活に根差した身近な娯楽であり、レコード会社・新聞社・出版社にとっては出せば確実に儲かる商品、政府にとっては国民を戦争に動員するため道具だった、というわけです。『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』は政治と娯楽が結びつき、熱狂を生んだ末路がいかにおそろしいものだったかを教えてくれます。けっして現代と無関係な話ではないのです。

 音楽は軍需品なり

 一九四一(昭和十六)年七月二十八日、大本営海軍報道部第一課長の平出英夫大佐は、丸の内の電気俱楽部講堂で開かれたコロムビア主催の時局講演会「高度国防国家建設と音楽の効用」(戦争と音楽)の中で、「音楽は軍需品なり」と口走った。
 平出は音楽に大して関心がなかったらしく、講演時間のほとんどを前月に始まった独ソ戦など欧州情勢の解説に費やした。「音楽は軍需品なり」という言葉も、音感教育が盛んになればソナー要員の養成に役立つといった、いかにも軍人らしい文脈で出てくるにすぎない。
 しかし、この講演は音楽業界にとっては福音だった。というのも、軍のプロパガンダの責任者である平出の発言は、「音楽など無駄ではないか」「レコードなど贅沢品ではないか」などといった批判を跳ね返す強力な武器となり得たからである。
「音楽は軍需品なり」。されば、熾烈な戦争の中でも、物資が欠乏する中でも、音楽業界は音楽を発信し続けなければならない。弾丸のように。小銃のように。軍艦のように。飛行機のように。
 平出の講演は「音楽は軍需品なり」と改題されて、同年十一月一日日本蓄音器商会より刊行された。そのおよそ一ヶ月後、平出はラジオを通じて真珠湾攻撃の大戦果を誇らしく国民に発表することになるだろう。
 もとより戦時下の音楽が軍歌であることはいうまでもない。「音楽は軍需品なり」。もはや本来の文脈は忘却され、言葉はひとり歩きしていた。この掛け声のもと、音楽業界は総力戦体制に飲み込まれていく。一九四〇年代、「軍歌大国」は引き返せないところまで来ていた。

平出の「音楽は軍需品なり」は、音楽関係者の常套句となった。

戦時下の「ド・ド・ドリフの大爆笑」

 一九四〇(昭和十五)年は、神武天皇が橿原宮(かしはらのみや)で即位して二千六百年目に当たる佳節とされ、盛大な祭典が帝国中で挙行された。日中戦争の長期化によって返上されたものの、本来であれば最初の東京オリンピックもこれに合わせて開催されるはずだった。
 日中戦争の最中とはいえ、国民はまだ豊かな消費社会を享受していたといわれる。その証拠に、百貨店などの小売業や観光産業は、この年に戦前における景気のピークを迎えた。
 音楽に関しても同様で、政府や軍部に軍歌を押し付けられた暗黒時代という見方は改められなければならない。一時の勢いは失われたとはいえ、なおもレコードの製造数は年間二万枚を超えていたし、国民はその中から娯楽として聴くに値するものを選んで消費していたのだから。
 そこでレコード会社も、作り手も、色々と頭を捻って消費者が求める軍歌を作ろうと尽力した。そんな中から、「ド・ド・ドリフの大爆笑 チャンネル回せば顔なじみ」で知られる『ドリフ大爆笑』のテーマソングのメロディも生まれた。

とんとん とんからりと 隣組 格子を開ければ 顔なじみ
廻して頂戴 回覧板 知らせられたり 知らせたり
(全四番のうち一番)

「隣組」(岡本一平作詞、飯田信夫作曲)というこの歌は、一九四〇(昭和十五)年六月に日本放送協会の歌謡番組「国民歌謡」で放送され、十月にビクターからレコード化もされて広く歌われた。流行歌の健全化と意気込んでいた割には大したヒット曲を生み出せなかった「国民歌謡」だが、「隣組」はその数少ない成功例の一つだった。
『ドリフ大爆笑』のテーマソングは多少編曲されているものの、原曲を知っている人であればすぐに「隣組」の替え歌だとわかったはずだ。番組放映当時はまだ、原曲を覚えている人も多かっただろう。にもかかわらず「隣組」が使用されたのは、決して戦時下の音楽が二度と聴きたくない、耳を塞ぎたくなるような音楽ばかりではなかったという何よりの証拠ではないだろうか。

軍歌は商品だった。1940年11月のポリドールの新譜案内。

陸軍の口出しから生まれた「暁に祈る」

 国民の選り好みといえば、戦争映画の主題歌はその顕著な例だった。
 前章で述べたとおり、一九四〇(昭和十五)年の日本は、のべ四億人余りもの観客を動員した映画大国でもあった。しかし映画の主題歌ならなんでも流行ったわけではなく、当然ながら消費者の支持は一部の曲に集中した。
 この年でいえば、四月封切りの松竹映画『征戦愛馬譜 暁に祈る』の主題歌「暁に祈る」(野村俊夫作詞、古関裕而作曲)と、九月封切りの東宝映画『燃ゆる大空』の主題歌「燃ゆる大空」(佐藤惣之助作詞、山田耕筰作曲)が二強として挙げられる。

ロングセラー軍歌。コロムビアの「暁に祈る」(保利透氏提供)。

 『暁に祈る』は「征戦愛馬譜」という副題からもわかるように、軍馬を映画のテーマにしていた。となれば出てくるのが陸軍省馬政課である。馬政課は「愛馬進軍歌」の時のようにまたもや口うるさく軍歌に関与して、作詞者の野村俊夫に七回近くも歌詞を書き直させた。野村はその時思わず出た「ああ」というため息を、歌詞の冒頭に持ってきたという。

あゝ、あの顔で、あの声で 手柄頼むと 妻や子が
ちぎれる程に 振つた旗 遠い雲間に また浮ぶ
(全六番のうち一番)

 もっとも肝心の映画の方は、陸軍のバックアップのもと華北で現地ロケまで行ったにもかかわらず、大して集客数を伸ばせなかった。対して、「暁に祈る」のレコードは売れに売れ、太平洋戦争下でも売れ続けるロングセラー軍歌となった。
 一方、陸軍航空本部が制作に協力した『燃ゆる大空』は、主題歌だけではなく映画も好調で、同年の『キネマ旬報』のベスト・テンでも第八位に選ばれている。
 山田耕筰は当代を代表する作曲家として軍歌も多く手がけたが、古関裕而や古賀政男らに比べて必ずしもヒットには恵まれなかった。ただ爽快なメロディの「燃ゆる大空」だけは珍しいヒット軍歌となった。
 軍部のバックアップがあっても必ずしも成功するわけではないことは、「暁に祈る」における映画と主題歌とのアンバランスな人気からも明らかだろう。もちろん、その陰には鳴かず飛ばずの作品が無数にあった。消費者である国民は、軍歌といえどもより楽しいエンタメを選び楽しんだわけである。

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