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2015.07.29

第1回

「君が代」は5種類存在した

辻田 真佐憲

「君が代」は5種類存在した

7月30日に発売される新書『ふしぎな君が代』。「君が代」は、国歌でありながら、その歴史や歌詞の意味がほぼ知られていない実に珍しい歌なのです。本連載では、6つの謎から「君が代」の歴史に迫る新書をより深く楽しむためのさらなる謎をお届けします。

 

いまの「君が代」は歴史を勝ち残った歌

「君が代」は話題にのぼりがちな歌であるにもかかわらず、まったくといっていいほどその歴史が知られていません。これはとても不思議なことです。「君が代」に賛成するにせよ、反対にするにせよ、まずその歴史を知るところからはじめなければならないのではないでしょうか。

 例えば、今日我々が知っている「君が代」は、5種類あった「君が代」のひとつにすぎませんでした。現行の「君が代」は、歴史のなかで勝ち残ってきた「君が代」だったのです。以下ではその5つの「君が代」の歴史を簡単にまとめてみたいと思います。

 

(1) フェントン作曲の「君が代」(1869年頃)

 1869年は明治2年にあたります。日本は明治維新の結果開国したわけですが、そのときさっそく「国歌」の問題に直面しました。国際儀礼上の必要から、西洋列強に日本の国歌を求められてしまったのです。ところが、当時の日本にそんな歌はありませんでした。

 そこで作られたのが最初の「君が代」でした。誰が歌詞を選んだかについては諸説あるため、ここでは省略します。ただ作曲者は、横浜に駐屯していた英国陸軍第10連隊の軍楽隊長フェントンだったというのが定説です。このころはまだ、国歌を作曲するに足る人材が国内にいなかったのです。こうして、最初の「君が代」は開国のドタバタのなか作られました。

 

(2) エッケルト編曲の「君が代」(1880年)

現行の「君が代」を編曲したドイツ人、フランツ・エッケルト

 もっとも、フェントン作曲の「君が代」には大きな欠点がありました。それは、日本語の切れ目とメロディの切れ目がズレていたということです。おそらくフェントンは日本語の歌詞を理解せずに作曲したのでしょう。そのため、日本語話者にはとても歌いにくいものになってしまいました。

 そこで、1876年頃、「君が代」を管理していた海軍軍楽隊で「君が代」改訂の動きが起こります。その後海軍省は、宮内省の雅楽家たちに「君が代」の改訂を依頼しました。日本語の歌詞には、日本の伝統的なメロディである雅楽がふさわしいと考えたようです。

 これに対し、宮内省はいくつかの候補曲を用意。そこから、海軍軍楽隊お雇いのドイツ人エッケルトが1曲を選び、編曲を施して、新しい「君が代」としました。これこそ、現行の国歌「君が代」にほかなりません。新しい「君が代」は、1880年11月3日の天長節に(1)の「君が代」と取り替えられました。

 

(3) 保育唱歌「サザレイシ」(1879年)

 保育唱歌「サザレイシ」は、1879年東京女子師範学校附属の幼稚園のために作られた歌です。タイトルこそ「サザレイシ」ですが、歌詞は「君が代」とまったく同じものとなっています。これも亜流の「君が代」といえるでしょう。

 作曲は、(2)の「君が代」と同じく、宮内省の雅楽課で行われました。そのため、研究者のなかには、この「サザレイシ」と(2)の「君が代」は双生児だったという人もいます。もっとも、雅楽式に作曲された「サザレイシ」は、幼稚園児はおろか、一般民衆にさえあまりにも難解なメロディでした。それゆえ普及することもなく消え去ってしまいました。

 

(4) 文部省の唱歌「君が代」(1882年)

現行の「君が代」にとって最大のライバルだったのが、この唱歌「君が代」です。

 明治初期、日本には洋式の音楽を作曲できる人がほとんどいませんでした。そのため文部省は、西洋の楽譜集から日本人にあったメロディを選び出し、歌詞を当てはめることで学校用の唱歌を作ることにしました。こうしてできたのが、『小学唱歌集』(1882年)です。

 そのなかに、「君が代」の歌詞をあてはめた唱歌「君が代」もあったのです。文部省は、義務教育を通じて全国の小学校に唱歌を普及させる力がありました。そのため、一時期は現行の「君が代」よりも、この唱歌「君が代」のほうが広く歌われていた時期もあったといわれます。もっとも、最終的に現行の「君が代」が事実上の国歌として扱われるようになったため、文部省の「君が代」もまた歴史上から姿を消してしまいました。

 

(5) ラッパ譜「君が代」(1885年)

 最後の「君が代」はやや特殊です。ラッパ譜「君が代」は、天皇が軍隊を閲兵するときなどに吹奏するため1885年に制定されました。ラッパで吹くため、歌詞は存在しません。

 ただ、ここが紛らわしいのですが、「天皇に対する敬礼の曲」なので、単なるドレミの機械的な音だけではなく、「この心意気で吹奏せよ」という「架空の歌詞」も定められました。ラッパ譜「君が代」では、これが「君が代」の歌詞だったのです。

 ラッパ譜「君が代」は、軍隊内の実用音楽として、敗戦まで使われ続けました。「日本ニュース第23号」を見ると、天皇の入退場の際にこのラッパ譜「君が代」が吹かれていることがわかります。

 

 このように、現行の「君が代」ははじめから国歌だったわけではなく、改訂や対立を経て国歌の地位を固めてきたのです。ここでは触れませんでしたが、「君が代」以外の国歌候補曲にその地位を脅かされたこともありました。

 以上の歴史的な経緯は、今後の日本で「国歌」をどのように扱うのかを考える際にも、参考になるのではないでしょうか。

 

※第2回は、8月5日(水)公開予定です

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