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2015.07.22

空虚さにひきつけられ、平穏でいられない(小島慶子『わたしの神様』)

羽田 圭介

空虚さにひきつけられ、平穏でいられない(小島慶子『わたしの神様』)

『わたしの神様』
小島慶子
幻冬舎刊/1500円(税別)

 

〈私には、ブスの気持ちがわからない〉元局アナウンサーの著者が書く小説の中で、女性アナウンサーの登場人物が裏方仕事の女を見下す。冒頭から、わかりやすいほど露悪的。既視感がある。数ヶ月前にもこの書評欄で同じようなことを書いた気がする。美人女性が本を執筆するときに用いる、最近流行の常套手段なのだろうか。インターネット番組の深夜の生放送を終えフジテレビ本社屋から帰宅した翌朝、僕は本作を読み始めた。頭には、前日局内ですれ違った、一目で「テレビに出るなにかしらの人だ」とわかる外見のいい人たちの姿が思い出される。あとから聞くと、やはりその人たちは局のアナウンサーだったり事務所所属のキャスターだったりした。同じ空間で女性アイドルの人たちを見たときは、その独特の雰囲気を全然感じなかった。たぶん、テレビ映えする外見を売りにしながら、あたかも「それで勝負しているわけではありません」という本人たちが無意識的に発してしまう欺瞞の雰囲気が、女性アナウンサーたちの尋常ならざる魅力、目をひきつけられる力を生むのだと思う。以前、アナウンサーなど放送業界人に取材したことがある。取材をすると、口止めされたりして、真実に近いことが逆に書けなくなったりする。当事者ならなおさら制約は多いだろう。だから元局アナウンサーの著者が書いたからといって、ここでしか書かれえない真実が暴かれるわけでもない。外側にいる人のほうがむしろ、無責任な立場から、異様な世界の面白さを客観的に面白く見せることができるかもしれない。かつて柳美里氏の書いた『オンエア』という小説があったが、女性アナウンサーたちの俗な闘争の描きかたではあちらのほうが上だ。しかし、異様な世界に慣れきってしまった当事者だからこそ鮮明に描き出せた要素が、本作にはある。俗なノイズをほどよく省いたからこそ、それが可能になったのだ。

 テレビ太陽の仁和まなみは、二八歳になるアイドルアナウンサー。〈相手が一番言って欲しそうなことを言えば、人心掌握なんて簡単だ〉と思う彼女は、〈主婦なんて~可哀想な人たち。下着一枚ですら、人のお金で買わなくちゃならないのだから〉等々、あらゆる人を馬鹿にしている。信条は、〈男を味方につけたら、あとは嫌われないようにすればいい〉、〈ニュースキャスターに、ジャーナリスティックな才能なんて必要ない。ただ、それがいかにも一大事であるかのように演じる感性があればいいのだ〉。つまり、テレビ画面に映る表面だけがすべてだとする、“表面の化け物”だ。対照的に、不調のニュース番組から産休を機に降板する三四歳の佐野アリサは、熱心に取材に出たりする実直な女性アナウンサー。まなみとタイプが違うだけで、彼女も満たされない現状への不満や他者への僻みがすさまじく、いってみれば“内面の化け物”だ。他にも、報道部署からしたたかに女性アナウンサーたちへの復讐を企む女や、消えた元アナウンサー、義母たちと、ネチネチと攻撃する人や攻撃される対象の人物が多すぎて、最初のうちは誰が誰だか把握できない。嫉妬と憎悪の応酬物語は、人間の心の動きを描いているようでいてその実、決まりきった方向にしか物語が進行しない。なぜなら、実態としては単なる反射行動の連鎖だからだ。あらゆる嫉妬ドロドロ物語が存在する昨今、被害者意識や嫉妬心、憎悪で進行する物語要素や細部描写には食傷気味になる。だからこそ、それとは違う方向へ物語や描写が進み始めたとき、鮮やかに美点が際立つ。

 段々と、彼女たちの欲望がどこにあるのか、わからなくなるのだ。たとえば仁和まなみは、交際相手ですら世間の目を気にし、あえて野球選手やIT成金は選ばない。アナウンサーとしての自分を高めるために交際相手を選ぶ、つまりは代替え可能。極私的な心の支えともなりうる存在が誰でもいいのであれば、じゃあ彼女にとっての欲望とはなんなのか。まだ金持ちと結婚し、自己承認欲求を適度に満たす程度に仕事をして、くらいに落ち着いてくれればわかる。読者たちも、理解の範疇におさまる存在として彼女たちを知った気になれる。しかし彼女たちは、永遠に泳ぎ続けなければ死んでしまう回遊魚のごとく、一秒でも多くテレビに出て0.1%でも視聴率を上げることを切望する、オートメーション化した欲望にふりまわされる。もはやその欲望の先になにがあるでもない。魑魅魍魎が跋扈するテレビ業界で躍進する彼女らも、自分がなぜそれを望んでいるのかがわからなくなってしまっている。自意識をもったはずの人間がいつのまにか、反射的に欲望を満たす装置と化してしまっている、とらえどころのなさ。次の欲望を追い求め回遊する彼女たちのおりなす渦の中心は空虚で、その中心の空虚にもっていかれそうな心地におそわれるからこそ、読者は平穏な心でいられない。本作を読んで高みの見物を決めこむことは、不可能なのだ。

『ポンツーン』2015年7月号より

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視聴率低迷中のニュース番組「ウィークエンド6」の起死回生をはかるため、テレビ太陽きっての敏腕プロデューサー藤村は“女子アナ”キャスターのてこ入れに動いた。産休に入る佐野アリサの後任に起用したのは、全方位の好感度で不動の人気を誇るミスキャンパス出身の仁和まなみ。アイドルアナからニュースキャスターへと鮮やかな転身をとげたい彼女は、権力欲や保身に走る男たちや、敵意むき出しの女たちに晒されやがてスキャンダルの渦に引き摺り込まれる。描かれることのなかった“女子アナ”たちの強烈な嫉妬と執着と野心に、ページをめくる手が止まらない。一気読み必至の極上エンタメ小説。

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