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2011.04.01

第二十二回

初音蒔絵調度 家門の威信を賭けた、ハデ婚の象徴。

橋本 麻里

初音蒔絵調度 家門の威信を賭けた、ハデ婚の象徴。

   「婚活」はなにも現代だけの問題ではない。江戸時代の大名家におけるそれは、子供の誕生時から家ぐるみでスタートするものであった。何となれば、武家にとっては婚姻こそ「家」を継続、繁栄させる最大の基盤なのだから。中でも娘の輿入れに際して持参する生活全般にわたる道具一式は、その家の格を示すものとして大きな労力や費用が惜しみなく投じられた。娘が生まれた時点から職人へ発注、準備に数年単位の時間をかけた豪奢なセットが数多く作られた。飲食器はもちろん、化粧道具、香道具、文房具にいたるまで表面を華麗な蒔絵で飾り、家紋を付した多彩な調度は、記録上もっとも多いものでその数300点にも上る。中でも有名なのは、三代将軍家光の娘千代姫が、尾張徳川家二代光友に嫁ぐ際持参した国宝「初音の調度」だろう。『源氏物語』の初音の帖に登場する「年月を松にひかれてふる人に 今日鴬の初音きかせよ」の歌意をコンセプトに、その歌の文字を葦手書きに散らしたのが名の由来。さすが勇名鳴り響く「ハデ婚」の土地柄と言うべきか、室町時代以来の蒔絵師である幸阿弥家十代の長重が制作を担当、梨子地に多様な技巧を駆使した蒔絵技法と伝統意匠は、近世大名婚礼調度の最高峰だ。
 中世以降台頭してきた武家は、出自へのコンプレックスや立場の強化を目的として、公家の文化を積極的に採り入れたため、婚礼調度の内容も基本的には歯黒道具やつのだらい角盥、櫛箱、香道具、料紙箱など、平安後期の調度の形式に則りつつ、鏡台や柄鏡、盥や手拭い掛けなど近世に入って発達した実用性の高い器物も含んでいた。それら膨大な道具の中で、輿入れの行列や婚儀そのものの中心的役割を担ったのが「貝桶」だ。内側に和歌や絵をあしらった360組の蛤を使うゲーム「貝合わせ」に用いるもので、蛤をはじめとする二枚貝は同一の個体でなければ殻を合わせることができないため、「貞女は二夫にまみえず」という当時のモラルを象徴するものとして、婚礼調度の中で高い位置を占めた。また珍しいところでは喫煙具などもある。現代の感覚ではお姫様が喫煙と聞くと眉をひそめたくなるが、当時は高価で貴重な嗜好品として上流ほど喫煙率は高く、多くの女性が嗜んでいたらしい。それにしてもこの婚礼道具を携えて千代姫が嫁いできたのは数え年の3歳、現代で言えば満2歳6カ月の時。幼い子供の死亡率のまだ高い時代、正月の子の日に小松を引き抜いて長命を祝う風習に、偶然元日が重なっためでたい情景を描く『源氏物語』の一節を調度の意匠に選んだのは、痛々しいほど幼い娘を送り出す父将軍家光が、我が子の無事の成長と幸福を心から祈ってのことであったに違いない。

日本の国宝 橋本麻里 最終回 第二十二回『初音蒔絵調度』
家門の威信を賭けた、ハデ婚の象徴。
『初音蒔絵調度』
http://www.tokugawa-art-museum.jp/artifact/room5/07.html
1639年/徳川美術館蔵

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