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2015.07.02

『ぼくは愛を証明しようと思う。』

第5回 バーで見た男

藤沢 数希

第5回 バーで見た男

6月25日に発売された藤沢数希さんの戦略的恋愛小説『ぼくは愛を証明しようと思う。』。モテない27歳の弁理士、渡辺正樹が恋愛の師匠から科学的な恋愛の方法論「恋愛工学」を教えてもらい、人生を変えていく物語です。早速、話題を呼び、さまざまな感想が飛び交っています。今回は、プロローグから第1章までをご紹介。彼女にフラれて友達と六本木に飲みに来た渡辺は、ある男性と驚きの再会をします――。

*cakesでは藤沢数希氏とAV監督の二村ヒトシ氏の発売記念対談を公開中です 

                    

第一章 非モテコミットー4 
                                                       ★

 残暑もそろそろ衰えかけた9月の終わりごろ、僕の惨状を聞いた啓太は、いっしょに六本木のキャバクラに遊びに行くことを提案してきた。
 やはり持つべきものは友である。啓太の奥さんは妊娠して、実家に帰っていた。あの啓太がもうすぐパパになるというのが、僕には信じられなかった。啓太は、新卒で専門商社に入社し、ずっと同じ会社に勤めている。仕事も順調なようだった。
 土曜日の9時に、六本木ヒルズにあるバーで待ち合わせた。
 啓太はすでにいて、ビールを飲んでいた。
「乾杯!」
 僕たちがバーカウンターでビールを飲んでいると、後ろのスタンディングテーブルに、ものすごい美女の3人組がいることに気がついた。
 身長はみな170センチ以上あり、さらにピンヒールを履いていたので、僕より背が高かった。ひとりは派手な花柄でボディラインがくっきりとわかる、背中が開いたドレスを着ていた。真ん中の女も、美しいボディラインが際立つ真っ白いワンピースを着ている。最後のひとりは青い生地の上に複雑な模様が描かれた高そうなドレス。彼女もスタイル抜群だ。ファッションショーからそのまま出てきたみたいだった。
「あんなきれいな女がいるんだな」僕とは関わらない人たちだろうけど、と心の中で続けた。
「東京には、モデルや芸能人も大勢いるからな」
「どんなやつらが、ああいう女とつきあうんだろうな?」
「IT企業の社長みたいな金持ちだよ」啓太がどこか違う国の話をするように言った。
 美しい顔、日本人離れしたスタイル、そして、高価そうなファッション。これらすべてが高い壁となって、いつも根拠のない自信を振りかざしている六本木の男たちさえ怖気づかせていた。彼女たちを遠巻きにチラチラと眺めているだけだった。

 バーにその男が入ってきたとき、ジョッキの中のビールの表面がすこしざわめいたような気がした。派手なTシャツの上に、黒のジャケットを羽織ったその男は、何か不思議な光に包まれているようだった。
 そして、あの3人組のほうにすたすたと歩いて行った。
 音楽がうるさくて、どうやって声をかけたのかわからないが、いつの間にか、彼が話題の中心になっているようだ。彼女たちは楽しそうに笑っている。最初から知り合いだったのだろうか。
 僕は彼女たちがどんなことを話しているのか気になって、そっと近くに寄り、耳を澄ませた。
 しかし、その男は会話するのをやめて、おもむろに3人組の美女のなかでも、白いワンピースの一番の美女とキスをはじめた。
 まだ、会ってから15分も経ってないのに!
 彼は啓太が言ったように、IT企業の社長かなんかで、じつは恋人同士なのかもしれない。見ていると、キスがどんどんエスカレートしていく。むしろ彼女のほうが積極的に彼にからんでいる。
「これ以上先は別料金だよ」美女の手を払いのけて、その男は言った。
 彼女は楽しそうに笑っている。
「ごめん。これから会議で行かなきゃいけないんだ。どうしたらまた会えるかな?」
「だったら電話して」彼女は名刺みたいなものをその男に渡している。
「オッケー。明日の10時に電話する」
「待ってるわ」

 まったくの初対面じゃないか! あの男は、たったひとりで3人組の美女に話しかけて、みんなを楽しませながら、いつの間にか自分が話題の中心になり、ものの15分もしないうちにキスして、その上で連絡先まで聞き出している。いや、むしろ女のほうが連絡先を教えているじゃないか。
 僕はまるで魔法を見せつけられたようだった。
 次の瞬間、彼と目が合った。
 僕は心臓が止まりそうになった。
 メガネをかけていないからわからなかったけど、あれは僕の仕事のクライアントの永沢さんじゃないか。
 あの真面目そうな永沢さんが、こんなすごい男だったなんて!
 彼がバーを出ていくところを、僕は追いかけた。
「な、永沢さんですよね?」
「ああ、わたなべ君か。恥ずかしいところを見られちゃったね」
「恥ずかしくなんかないですよ。めちゃくちゃ、すごいじゃないですか!」
「悪いんだけど、すぐに行かなくちゃいけないんだ。今度、飲みに行こうよ」
「はい。ぜひ!」
「チャオ」

                                                          ★

 目覚めると、昨夜のあの3人組の美女たちと永沢さんのことを、また鮮明に思い出した。
 あのあと、啓太が営業でたまに使うというキャバクラに行ったのだけれど、まったく楽しめなかった。キャバクラには若くてかわいい女の子がたくさんいたのだが、営業トークを続けるキャバ嬢たちと、常識的な金額で最後までたどり着けると楽観的に考えることはできなかった。実際、僕たちはひとり1万5000円ずつを使って、手に入れたものと言えば、ふたりのキャバ嬢の営業用の名刺が2枚だけだった。
 しかし、華やかな六本木のキャバクラを楽しめなかったのは、なんといってもあの3人組の美女と永沢さんの印象があまりにも鮮烈だったからだ。3人組の美女たちに比べると、キャバ嬢たち全員が霞んで見えてしまった。
 コーンフレークに牛乳をぶっかけて朝食を済ますと、僕はいてもたってもいられなくなって、田町の事務所に向かった。
 日曜日の事務所には、誰もいなかった。
 アルファキャピタルの永沢さんの名刺を探すと、それはすぐに見つかった。
 僕はメールを書く。

 >永沢さん、
 >
 >昨日は、あんなところで再会できてとてもうれしかったです。
 >永沢さんが、僕と飲む約束をしたことを覚えていますか?
 >じつは、昨年にバイオ企業の特許権侵害訴訟の仕事を終えたときも、
 >飲みに行く約束をしていただいたのですが、それも実行されていません。
 >今度こそ、本当に飲みにいきたいです。
 >お忙しいとは思いますが、お返事期待しております。
 >
 >わたなべ

 週末の静かな事務所で、僕はひとりでネットサーフィンをしていると、永沢さんから思ったよりも早く返事が来た。

 >わたなべ君、
 >
 >もちろん、約束は覚えているよ。
 >明後日の火曜日の夜は空いてるかな?
 >
 >永沢

 もちろん空いています! と僕はすぐに返事を書いた。
 しばらくすると、六本木の焼き鳥屋を火曜日の午後7時半に予約した、と返信が来た。

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