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2012.02.15

第二回

尻肉の上を鍛えて全体を
アップできたらまだ若いってこと

内澤 旬子

尻肉の上を鍛えて全体を<br />アップできたらまだ若いってこと

 バレエをはじめましたと言うと、ほとんどのひとが
 え、踊る方のバレエ、ですか?
 と恐る恐る聞き返してくる。
 そうそう、ボール打つ方じゃなくて、クラシックバレエです。相手の目が泳ぎだす。葛西臨海公園のマグロ並みに、ぐるぐるしている。
 無理もないというか、当然の反応だろう。私だって自分がまさかクラシックバレエを、しかも四十四歳になってからはじめるとは思いもしなかった。
 クラシックバレエといえば、ピアノとともに幼少時の英才教育がモノを言う芸術。幼稚園くらいからレッスンを受け、厳しい訓練で徹底的に身体を柔らかくする。
 私が小学校のころ、バレエを習っている女の子はクラスに一人くらいはいた。どの子も異様に姿勢が良かった。首から肩にかけてがシュッとまっすぐきれいに伸びている。エレガントなのだ。そして髪型は決まってロングで前髪なし。発表会のときにシニョンをつくるためだ。
 それくらいは少女漫画を読んでりゃなんとなくわかる。山岸涼子のアラベスクなり、有吉京子のSWANなり、バレエは少女漫画の鉄板アイテムだ。
 で、私はといえば、そういう世界とまるっきり無縁で生きてきた。
 今でもはっきり覚えている。小学校入学を前に、母親と一緒に筆箱を買いにいった。
「これなんかいいんじゃない? 」
 母親が私に見せたのは、白鳥の湖のプリマドンナの絵がついたもの。どなたの漫画作品だったのか、おぼえていないのだが、当時とても流行っていた。
 嫌。
 じゃこれは
 つぎに母が手にとったのは、フランス革命直前あたりの高位の貴族の女の格好。平たく言えば、おひめさま。
 私は首を振って、売り場の筆箱すべてをひっばり出し、ようやく奥にひとつだけあった、水森亜土のイラストがついた筆箱を選んだ。
 なに、こんなのがいいの?
 たぶんその時はじめて水森亜土のイラストを見たのだと思う。そのときの私にも母にも彼女のイラストの印象を語るのに「かわいい」という語彙はなかった。
「かわいい」という単語は今のように巨大な範囲を網羅する汎用語ではなく、幼児や少女、少女らしさを持つ女性に限って使われていたのだと思う。
 白鳥のバレリーナや御姫様が男からも誰からもかしずかれるべき「正当派美女」的で、それが女の子が憧れるべき存在だった。一方水森亜土は、そこから全然かけ離れた新しい、「かわいい」女の子像を提案していたんだと思うが、当時の私や母が彼女の絵に抱いた印象は、誤解を恐れず言えば、ぶさいくな女の子をコミカルに描いている絵、というものだった。
「これがいい」
 そばかすだらけの鼻ぺちゃの女の子。これくらいが自分にはちょうどいい。白鳥や御姫様が大きくついた筆箱を嬉しそうに机にのせる自分を想像するだけで息苦しくなる。無理無理無理無理。
 脚色ではない。よくもまあ幼稚園児がそんなことを思ったもんだ。先天的なものなのか、幼稚園での社会的位置になにか問題あったのか、私はすでに体内に強固な「非ヒメ体質」を構築していたのである。
 母は何度か私にバレエを習いに行かせようとした。私の歩き方が変だというのだ。ひょこひょこ、かくかくと腰を落として膝を曲げて歩いているんだという。
 歩いてみなさい、ほらおかしい、だいいち姿勢が悪い、猫背も直しなさい、と何度も何度も何度も言われた。
 実際に私の歩き方は猿みたいだった。当時は背も小さくて痩せていた。
 自分だって猫背も歩き方も好きでやっているわけではない。自然にこうなってしまったのだ。ただ直せ直せと言われても、どこをどう動かせばいいのか皆目わからない。
 いろいろ工夫して歩いて見せても、ちがうちがう、なぜもっとしゃきっとできないの、と言われるだけ。横で兄が嗤う。
 母親も自分が言うだけではどうにもならないと思ったのだろう。執拗にバレエ教室に行かせようとする。
 見学だけでもいいから、お教室に行こう、今度見つけてきたのはモダンのお教室だから、クラシックほど厳しくないし、今からでも遅れない。大丈夫。
 頑として行かなかった。
 他の上手な生徒たちの前でみっともない動きを晒すことに、耐えられそうになかった。絶対絶対嗤われる。
 バレエほどトップ以下のヒエラルキーがくっきりはっきり見せつけられる世界はない。少女漫画によれば、主役に選ばれる少女のトウシューズには、画鋲が入れられるものらしいのだ。恐ろしい。トップポジションを渇仰する少女たちが、自分よりも下のポジションに優しい励ましの視線を投げかけてくれるとは思えない。
 そしてそんな少女たちに嗤われてでも、綺麗に歩けるようになれれば、まだいい。けれど、私の身体を自在にきれいに動かすとっかかりもひっかかりも心当たりもない。闇の中だ。ハードルが高すぎる。
 第一踊りたいという欲求が、私にはもともと稀薄なのだった。ピンクレディーが登場して、ほとんどの女の子がもはや本能かというくらい感応して振付を覚えて踊りだしたというのに、私の手足はまるで感応せず。歌も踊りも苦手。
 歩く姿は子猿。
 これでバレエをやりたいと思う方がどうかしている。家の中でお絵かきして手芸して、漫画と本を読んでりゃ、幸せな子どもだったのだ。


 その後中学に上がり、私の身長は急激に伸び、気がついたら子猿ではなくなっていた。ただし今度は背が高いことや、ガリガリに痩せた身体が嫌で嫌でたまらない。もともと悪かった姿勢がさらに悪くなった。歩き方も猿歩きのまま。もともと曲がっていたО脚も悪化する。膝と膝のあいだに拳が二個入る離れっぷり。もちろん運動との御縁なし。


 そんな私が二十三か四の頃から数年間、バレエにハマった。ただし観る方である。
 なにがきっかけだったのかも覚えていない。誘われて行った何かが良かったのだろう。ジョルジュ・ドン、パトリック・デュポン、シルヴィ・ギエム、マラーホフ。当時のトップダンサーや有名バレエ団が来日するたびに、駆け付けた。


 とんでもない身体能力と表現力に酔いしれて自宅に帰宅するたびに、どういうわけか、どうしても開脚前屈がやりたくなる。
 踊りたいわけではないのだ。踊れるわけもないし。飛びはねたくもないし。なのになぜだろう、バレエを見た後は、無性に身体をくいいいっとおもいきり延ばして開いてみたくなる。毎日やっていれば少しは柔らかくなるのではないか。彼ら彼女らの肢体を思い浮かべ、ぎゅうぎゅうと無理に身体を開き、腰を、せめて胸を、いやいや肘でもいいから床につけたいと前のめるのであった。
 そして翌日には必ず腰痛を起こした。しかも寝込むくらいのひどいやつ。当時の私といえば、腰痛まっさかり期で、寝るとき以外コルセットを嵌めていた。子どもの時から皆無だった筋肉が限界まで落ちていた時期。ちょっと身体に負荷をかければすぐ腰痛を引き起こした。
 ちょっと柔軟をやりすぎまして……
 と整骨院に駆けこむ情けなさといったら、もう。そのころはちょっと合わない靴を履くだけでも翌日は腰痛になっていたのだ。なのになぜ前屈をしてまうのか。阿呆としか言いようがない。
 長い時間をかけて腰が持ち直したころにバレエを見てはまた開脚前屈、そして腰痛、を数度繰り返した後、ものすごく大きな腰痛を起こし、このままいくと本当に歩けなくなるかもと思って、ようやく開脚前屈に挑戦することを、自分に禁じた。
 その後家賃激安の家を出たり、出張の多い仕事が入ったりして、バレエ鑑賞からも遠ざかった。
 あれから干支が一巡してしまった。ジョルジュ・ドンどころかモーリス・ベジャールも死んでしまった。どころか日本人ダンサーが、熊川哲也が、吉田都が、イギリス王立ロイヤルバレエ団のプリンシパル(頂点)に立っていた。
 白人じゃなきゃ無理なのかと思ってた王子様御ヒメ様に、日本人がなれるなんて、自分が若い時はあと三世代はかかると思っていたのに。関係ないけど日本人フィギアスケーターの手足の長さを見てくれよ。時代は完全に変わったんだな。すごいな日本。ま、私の脚が長くなったわけでもまっすぐになったわけでもまったくないんだが、嬉しいよな。
 私もその間に具合が悪くなったり良くなったりの荒波に揉まれまくり、ヨガをはじめて五年、筋肉もついてきたし、じりじりではあるけれど、薄紙をはがすように身体も柔らかくなってきていた。
 気がつくと中級クラスで出されるポーズの八割はできてる(たぶん)。

 筋肉がついたからなのだろうか。加減がわかったからなのだろうか。少なくとも家で少し開脚前屈をやっても、もう腰痛にはならない。家で無理をすれば痛めるけれど、歩けなくなるようなことはない。
 ヨガをはじめたころ、開脚前屈をようとしても、脚は90度開くのがやっとという具合だった。腰の入りも異様に悪くて、ヨガの基本ポーズ、下向きの犬のポーズをやっても腰がぼこっと浮いて入ってくれなかった。
 少しずつ少しずつ、周りの筋肉をつけつつ、無理せず、ヨガを続けているうちに、脚は120度くらいにまでは開くようになっていた。

「ね、内澤さん、バレエやってみない? 内澤さんなら大丈夫だと思うのよ」

 2011年の六月くらいだったか。ご近所に住むライター、山崎陽子さんと久しぶりにお会いした時に、声をかけられた。
 山崎さんとは、雑誌『クウネル』で、2002年、『anan』の増刊号としてスタートする号から二年後に隔月刊の雑誌として独立し、二年ほど前に連載が終わるまで、一緒に「おうち仕事」というページを作ってきた。
 水周りの掃除の仕方など、毎回テーマを立てて、彼女が家事研究家の阿部絢子さんから話を伺ってきたあとで、山崎さんの家で実際に実演してみながら、私がイラストを描くというものだった。
 長らく女性誌の編集者をしてきたこともあって、山崎さんの家はとても素敵で、ご本人含めてとても絵になる。トイレ掃除しようが、風呂掃除しようが、絵になる。
 つまりは、本当に恐縮であったのだが、連載が進むうちに、お家の中をほとんど見せていただくことになってしまったのだ。
 これまでいろんな仕事をしてきたが、なかなか珍しいやりかたというか、彼女とでなければできなかったと思う。

 

 

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