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2015.07.03

『運を支配する』最終回

絶好調が自分の実力と
勘違いしてはいけない

藤田 晋/桜井 章一

絶好調が自分の実力と<br />勘違いしてはいけない

 

 

調子がいいときに「実力」だと思い込み、悪いときは「たまたま」というとらえ方をする。それが運を逃がすことにつながるのはなぜか。

 

 

不調


不調こそ、我が実力 ーーー桜井章一


 よくバブル以降の日本経済を「失われた20年」と評する専門家がいる。それは経済の視点から見たものにすぎないはずなのに、あたかも日本人の人生も含めてマイナスだったというニュアンスがどこか感じられる。だが失われた20年といっても、その間も人々はちゃんとした生活をし、その中で喜んだり、悲しんだり、笑ったりしながら生きてきたのだ。人が生きているという現実がある限り、そこに「失われた歳月」などありはしない。人は別に経済のみで生きているわけではないのだ。

 しかも、失われた20年といっても、かなり長い間、日本は世界第2位の経済大国であり続けたのだ。それを「失われた」と表現するのは大げさだし、「甘い」と私は思う。

 結局失われた20年といっている人は、その前にあったバブル景気で沸いていた頃を基準にして日本経済を見ているのだ。だがバブル経済というのは、バブルという幻想にのっかっているのだから、そもそもそこを基準にすること自体間違っている。

 しかし、人は自分の人生においても、これと似たような思考をする。すなわち、絶好調なときを基準にして自分の人生を眺めるのである。

「あのときはあんなに楽しくて幸せだった」「あのときはあんなにモテた」「あのときはあんなに実入りがよかった」等々。いまとあのときを比べて、「なんでこうなってしまったのだろう?」と悔いたり、「いや、いまの姿は本来の自分ではない」と思い込んでしまうのだ。

 調子がいいとすぐ浮かれて「これが元々の自分の実力なんだ」と思い上がるのに、逆に調子が悪いと「いや、これは本来の自分の出来ではない」と素直にその事実に向き合わない。

 調子がいいときだけが本当の自分であるというのは、頂だけで山が存在しているというようなものである。だが頂だけの山など原理的にありえない。裾野や谷や尾根や頂などがあって山になるように、人も調子が悪かったり、よかったり、波がいろいろあってこそ人生なのだ。

 調子がいいときというのは、たまたまそうだっただけなのかもしれない。それなのに、調子がいいときは「実力」だと思い込み、悪いときは「たまたま」というとらえ方をする。

 このように人は自分を評価するとき、たいていゲタをはかせているものだ。自尊心や自己愛といったものが、自分のことを高く見積もらせるのである。

 だが、どんな形にせよ、不調もその人の実力のうちである。

 私は「不調こそ、我が実力」と思うようにしている。そう思っておけば、実際調子が悪いときでも余裕が生まれる。

「とべ蛍 野ら同然のおれが家」という小林一茶(こばやしいっさ)の句がある。自分の家は野良同然だというのだが、本当にそう思っていれば、家が潰れても、仕事で収入が減っても、あまり動揺せずに済む。

 調子のいいときに「これぞ我が実力」と浮かれていたら、不調になったときに慌てることになるし、調子の悪いときに「たまたまそうなのだ」と思っていると、不調の原因を探ったり、そこから具体的に立て直すことがおろそかになってしまう。そうなれば不調をいつまでも長引かせることにもなりかねない。

「不調も紛れもない我が実力」と思っていれば、たとえ調子がよくても浮かれず、反対に調子が悪ければ、それを素直に認めて素早い修正が可能になるのだ。つまり、不調なときを基準として自分の調子を考えれば、運の波もまた安定した変化をするのである。

 


絶好調は本来の自分ではない ーーー藤田 晋


 創業間もないベンチャー企業にも贈られる賞がいくつか存在しています。ところが聞くところによると、大賞を受賞した企業はあまり長く続かず、その多くが何年後かに潰れてしまうといいます。それは賞を与えられたことで、これぞ本来の実力なんだと、その企業が勘違いをしてしまうからだと思います。賞をもらった瞬間からスランプは始まるのです。

 賞をもらうのは当然絶好調のときですが、絶好調というのは言い換えれば、勝ちすぎの状態といえます。

 ある有名なビジネス書には、「勝ちすぎたことが失敗の原因になっているケースが、実はものすごく多い」ということが書かれています。中身が伴った上で勝ちすぎているなら、そう簡単には崩れないかもしれませんが、勢い余って勝ちすぎた企業や人間というのは、往々にして成長のスピードが速すぎて、基盤がまだしっかりできていないことが少なくありません。

 絶好調の状態を自分本来の姿だと思ってしまうと、現実に見合った対応ができなくなります。絶好調なときを基準にするのでなく、未熟な中身というものを基準に考え、行動すれば、その企業や人は軸をブレさせることなく、堅実な成長を遂げていくことが可能になると思います。

 僕は18歳で福井県から上京し、最初は神奈川県の「相模大野」という駅の近くのワンルームアパートに住んでいました。事業が拡大するに従って住んでいる部屋は広くなり、いまでは都心にある広い家に住んでそれなりの生活をしていますが、僕の原点は「相模大野」のワンルームであり、いくらラッキーが重なっても、周りにちやほやされても、いつでも自分はあの頃の生活に戻れるという気持ちで仕事をしてきました。

 あれから20年以上たったいまとなっては、それなりに自分の中身も成長して、簡単には崩れない基盤もできたし、あの頃の生活に戻るのはさすがに難しいかもしれませんが、基本的な考えは変わっていません。自分のことを過小評価するならまだしも、絶対に調子に乗らないよう過大評価だけはしてはいけないと強く思っています。たいていの人は僕のことを過大に評価してくれるので、必ずそれよりは下に自分を置くようにしています。中にはわざと大きな期待をかけておいて、あとから足をすくおうとする悪意を持った人もいます。

 ただ調子が最悪のところに自分の基準を置くと、ネガティブで暗い人間になってしまうので、そこまで卑下(ひげ)する必要はないと思います。

 人は自分の評価をどうしても少し高めにしてしまうので、調子のいいときと悪いときの中間よりちょっと下あたり──、つまり普段自分で感じているよりは少し下あたりに自分の基準を置くのが、ちょうど座りがいいように僕には思えるのです。

 

 

ダイジェスト連載は今回が最終回。『運を支配する』(桜井章一/藤田晋)には、ツキの極意がまだまだ続く。気になった方はぜひ本書を手にとってみてほしい。知って行動すれば、あなたの人生は大きく変わることだろう。
「運に選ばれるような、しかるべき考え方や行動を普段からしている人には、大きな幸運に恵まれてからも、続けざまにまた大きな幸運が起こりうる」(桜井氏)のだから。

 

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