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2015.11.29

大藪春彦賞作家が描く、戦慄の犯罪小説!!

試し読み連載(4)
――こんな私にしたのは誰なの。

柚月 裕子

試し読み連載(4)<br />――こんな私にしたのは誰なの。

【再掲】注目の長篇ミステリー『ウツボカズラの甘い息』(柚月裕子著)。ミステリー界期待の星として、大注目の柚月さんが今回挑んだのは、女性たちの抱える闇、欲望をリアルに描いた犯罪小説。そこで作品冒頭の50ページまでを試し読み連載(全六回)にて掲載!! 日常生活における人間の心の脆さを覗いてみて下さい。
連載第四回となる今回は、努力の甲斐があって、美貌を手に入れた文絵。しかし、その幸せは長くは続かなかった……。

 

 転校先の中学校で、文絵は注目の的だった。可愛いともてはやされ、地域のアイドルとまで言われた。友達と呼べる人間も、たくさんできた。女子のなかには、美しさへの嫉妬からか、文絵を無視する者もいたが、そんなことはまったく気にならなかった。小学校時代のいじめを考えたら、自分に害を及ぼさないだけましだと思った。
 男子生徒からは、好意を多く寄せられた。ラブレターは少ないときで月に二通、多いときは五、六通ほど貰った。そのどれにも返事は出したことはない。自分を磨くことに精一杯で、異性になど興味がなかった。
 ボーイフレンドと呼べる人間ができたのは、高校生になってからだった。
 友人の紹介で会ってみたところ、なんとなく気が合った。いま振り返れば、どこを好きになったのか思い出せない。いまになれば、誰よりも文絵をお姫さまとして扱ってくれたからだと思う。
 しかし、その男子生徒との付き合いは、長くは続かなかった。もともと飽きっぽい性格なのか、自分にしか興味がなかったのかはわからない。
 最初に付き合った男子生徒とは三カ月、ふたり目は二カ月しかもたなかった。三人目に付き合った男子とは半年続いたが、その後、強引に口説かれた他校の生徒に乗り換えた。
 人生には、驚くほど異性からもてる、モテ期というものがあるらしいが、中学から高校にかけての六年間が、文絵の最初のモテ期だった。
 文絵は高校卒業後、東京都下の大学に入学したが、その頃からモテ期は遠ざかる。
 地方では可愛いと評判だった文絵だが、都会の東京ではそこそこ可愛い女の子としか扱われなかった。声をかけてくる男性はいたが、生まれも育ちも都会の洗練された女子大生には敵わなかった。
 人間、一度いい思いをすると、その味が忘れられない。地方でちやほやされた経験が、文絵を、そこそこでは満足できない人間にしてしまっていた。
 もやもやした気持ちを抱えていた時期、文絵ははじめて人を好きになった。同じサークルの先輩で、見た目もいいが性格もよかった。いつも明るく朗らかで、誰にでも優しい。文絵は生まれてはじめて、自分から交際を申し込んだ。
 先輩との交際は、八カ月ほど続いた。半同棲までした。先輩が二股をかけていると知ったのは、付き合いはじめて半年が過ぎた頃だった。同じサークルの友人から、先輩が別に付き合っている女性がいると聞かされた。友人いわく、もともと女癖が悪いことで有名らしい。
 問い詰めると、あっさり認めた。泣いて責めると、面倒そうな顔で、ちょっと可愛いからっていい気になるな、お前クラスの女など吐いて捨てるほどいる、そう言われた。
 諦めることができず、引き止めようと努力したが無駄だった。最後は新しい彼女から、私の彼氏につきまとわないで、と直接言われた。あのときの彼女の勝ち誇ったような目は、いまでも忘れられない。
 失恋のショックから、食事を異常に食べるようになった。朝起きると、まず牛乳一リットルをかけたシリアルを平らげ、次に買い置きしてあるカップ麺を食べる。そのあと、二時間とあいだを置かず、食べられるものはなんでも口に入れた。食べるものがなくなると、近くにあるコンビニに走り、買い物かごいっぱいの食材を買い込む。それも次の日までもたない。
 そんな暮らしを送っていたら、一カ月で体重が十キロ増えた。そんな食べ方をしていて、胃を壊さないわけがない。胃の不調を感じ内科を受診したら、心療内科を勧められた。紹介された心療内科で、過食症と診断された。大学二年の終わりの頃だった。
 医師の指導のもと、ダイエットをはじめた。増えた体重は、三カ月でもとに戻った。しかしその後、再び太るのが恐ろしくなり、今度は拒食症になった。
 文絵は過食と拒食を繰り返した。食べて、吐いて、吐いては食べる。身も心もぼろぼろだった。
 その頃、文絵はよく同じ夢を見た。小学校でいじめられていたときの夢だ。
 浴びせられる罵声、降りかかる嘲笑、向けられる白い目、果てしない孤独。いつもうなされて、目が覚めた。とても大学に通える状態ではなく、文絵は一年休学した。
 ようやく精神状態が安定しはじめて、再び大学へ通えるようになった。
 やっと自分に合う薬が見つかったことと、自分を傷つけた先輩が大学を卒業していなくなっていたことが、文絵を立ち直らせたのだと思う。
 身長に対する適正体重を維持できるようになり、就職活動をはじめる頃には、再び白鷺に戻っていた。
 大学四年生の秋には、無事に就職先の内定が決まった。東証二部に上場する、都内の印刷会社だった。
 辛い時期もあったが、東京での五年間の暮らしは、文絵を確実に垢抜けさせた。化粧の仕方も上手になったし、服のセンスも磨かれた。文絵に、二度目のモテ期が訪れた。
 就職した文絵は、社内はもとより、営業で訪れる取引先の男性社員からも、よく飲みに誘われた。会社紹介のパンフレットの、社員モデルに選ばれたこともある。
 再び訪れたモテ期に、文絵は毎日が楽しくて仕方がなかった。周りから注目され、きれいだ、可愛いともてはやされる快感に酔いしれた。失恋の痛手からは、すっかり立ち直っていた。
 しかし心が満たされていた時間は、結婚するまでだった。
 会社に勤めて二年目に、いまの夫と知り合った。友人がセッティングした合コンに、敏行がいた。敏行は病院に医療機器を売る営業マンで、明るい笑顔が印象的だった。
 敏行はひと目で文絵を気に入ったようだった。別れ際に携帯のアドレスを交換すると、その日の深夜には、礼が書かれた丁寧な長文メールが届いた。見た目どおりの、誠実な人柄を窺わせる文面だった。
 しかし最初は、あまり乗り気ではなかった。敏行が平凡なサラリーマンだったからだ。いまの自分の容姿を考えれば、見た目も収入も、もっと条件がいい男がいる、そう思った。
 若い男性や女性が読む雑誌で、モテる女性と男性の条件、などといった特集記事を見かけるが、男性の条件として、まめであること、がよくあがる。敏行には、このまめさがあった。
 頻繁にメールや電話で連絡をよこすが、押しつけがましい感じはない。常に文絵の都合を考え、控えめな態度だった。大学時代に辛い恋愛経験をしている文絵は、敏行の謙虚な姿勢に好感を抱いた。
 付き合ってから半年後、文絵は自分が妊娠していることに気がついた。敏行との子供だ。妊娠したことを告げると敏行は喜び、すぐに結婚を申し込んだ。
 文絵は迷った。当時、文絵は二十五歳だった。まだ、独身生活に未練があった。そもそも敏行は、彼氏としては不満はないが、理想の結婚相手ではない。
 かといって、授かった命を葬ることも躊躇われた。結局、敏行の熱烈なプロポーズに押し切られるかたちで、結婚した。
 いま振り返れば、あの頃が一番幸せだったと思う。敏行は誠実で優しかったし、なにをするにも文絵の気持ちを尊重してくれた。だがそれも、プロポーズを承諾し、正式に結納を交わすまでだった。
 文絵は結婚後も、外で働くことを望んだ。子供が生まれれば、なにかと出費が増える。産休をとって、その後、子供を託児所に預けて会社に復帰したい、と敏行に言った。表向きは生活のためだったが、家と子供に縛られたくなかったというのが本音だった。
 そのときはじめて、敏行は強硬な態度を見せた。外で働くことに反対したのだ。子供が小さいうちは母親が育てたほうがいい、せめて乳離れするまでは手をかけたほうがいい、というのが敏行の持論だった。
 そのときは、文絵も敏行の意見に同意した。敏行の考えはもっともだと思ったし、一年などあっという間だと思った。
 それが、敏行の詭弁だったと気づいたのは、結婚して一緒に暮らしてからだった。
 文絵はつわりがひどく、医師から入院を勧められた。それを機に会社を辞めた。式は挙げなかった。日をみて籍だけ入れた。
 一緒に暮らしはじめると、敏行は異常なほどの嫉妬深さを表に出しはじめた。自宅の電話が少しでも繋がらないと、どこに行っていたのか問い詰め、買い物に出掛けても、すぐに帰ってこいと命令する。文絵が外に出るのを極端に嫌がり、束縛した。
 子供が生まれて一年も経てばまた外に出られる。そう自分に言い聞かせて、文絵は拘束された生活に耐えた。
 子供は無事に生まれた。女の子だった。名前は美樹とつけた。
 母子ともに健康で、予定どおり退院した。その日から、育児に追われた。
 育児書や病院の看護師の話から、育児の大変さはわかっているつもりだった。しかし、頭で理解している以上に育児は辛かった。二、三時間おきの授乳やおむつの交換に追われ、寝不足の日が続いた。
 それも、産後一、二カ月のことだろう。そう考えていた。しかし、そうではなかった。美樹は夜泣きがひどかった。腹が空いているわけでもなく、おむつが濡れているのでもないのに、夜中になると、決まって泣き出す。泣き疲れて眠る頃には、夜が白々と明けかけていた。
 当時、文絵たちは都内にある1LDKの賃貸マンションに住んでいた。一室を居間にして、もう一室を寝室にしていた。
 美樹の夜泣きがはじまると、敏行は居間で寝るようになった。翌日の仕事に差し支える、というのが理由だった。真夜中、寝不足でふらふらになりながら、泣き叫ぶ子供をひとりであやしていると、涙が出そうになった。
 美樹の首が据わった頃、勤めていた会社の同僚が、連れ立ってマンションに遊びに来た。
 彼女たちは美樹を代わる代わる抱きながら、それぞれの近況を報告した。同期入社の千絵は、最近新しい彼ができて月に一回、旅行に出掛けていた。二歳上の先輩で合コン仲間だった友恵は、結婚相談所に入会し、毎週のようにお見合いパーティに参加しているという。一歳下の後輩の明美は海外旅行にはまり、金を貯めてはアジアやヨーロッパへ気軽な一人旅を楽しんでいた。
 彼女たちの話を聞いているうちに、文絵は自分が惨めに思えてきた。まだ二十六歳。本来なら自分も、彼女たちと同じように、合コンや旅行を楽しんでいてもおかしくない年齢だ。しかしいまの自分は、ぐずる子供をあやし、掃除に洗濯、食事の準備と、家事に追われる毎日だった。気持ちの上でも体力的にも自分にかまう余裕がなく、近所のスーパーへもすっぴんで買い物に行く。自慢だった長い髪も、ばっさりと切った。手入れが面倒になったからだ。
 だが、子供は成長する。いずれ美樹も大きくなる。美樹が乳離れしたら、自分も社会復帰しよう、と思っていた。
 たしかに子供は可愛い。けれど文絵は、母親ではなく、ひとりの女性、ひとりの人間に戻りたかった。独身の頃のように、自分で働いた金で好きなものを買って、おしゃれを楽しみ、飲み会にも出たい。たまには旅行にだって行きたい。男性からも、昔のようにちやほやされてみたい。あとわずかな辛抱だ、そう思っていた。
 ところが、敏行はあいだを置かず、ふたり目を望んだ。文絵は美樹ひとりでいいと拒んだが、ひとりっ子ではかわいそうだ、と敏行は主張し、半ば強引にふたり目を作った。文絵の希望は、ふたり目の妊娠と同時に、遠いものになった。
 いま住んでいる一戸建ては、美咲が生まれた年に購入したものだ。ローンが払えなくなり差し押さえられた訳あり物件を、競売で安く手に入れた。敏行がインターネットで見つけてきた、格安の中古物件だった。
 中古といっても築三年と新しく、間取りも4LDKと広い。駅からは遠いがスーパーや小学校が近く、国道から奥まった場所にあるので車の騒音に悩まされることもない。
 敏行は見学に行ったその日に、即座に購入を決めた。いずれ自分の家を持たなければいけないのならば、早めに買ってローンを組んだほうがいい。定年を過ぎてまで、ローンに苦しめられたくない、というのが理由だった。
 文絵は気が乗らなかった。訳ありの訳を、敏行が教えてくれなかったからだ。いくら差し押さえの競売物件とはいえ、間取りを考えても、築年数や立地から見ても、一千九百万という金額は安すぎる。魅力的な物件だが、そこでなにがあったのかわからない家で暮らすのはまっぴらだった。
 それにこれ以上、生活費を切り詰めなければならないのかと思うと、気が滅入った。
 だが、敏行はここでも、聞く耳を持たなかった。その頃には、思いどおりにならないと気がすまない、我の強い男だとわかっていた。言うだけ無駄、そんな言葉が頭のなかにこびりついていた。
 ふたりの子供を育てながら、夫が稼いでくる限られた給料だけで暮らす生活が続いた。贅沢はできない。毎月、家計は火の車だった。新聞に入ってくるスーパーの広告を眺め、十円でも安い品を買い求める。おしゃれどころか、自分の洋服一枚だって、買うのが躊躇われた。
 家計の気苦労と育児のストレスが溜まり、食べることだけが楽しみになった。
 スナック菓子や子供の食べ残しを、手当たり次第、口にした。もともと太りやすい体質だ。
 体重は見る間に増え、一年で十キロを超えた。九号だった服が、十三号でもきつくなった。
 身体を締め付けないような、ウエストがゴムのスカートやパンツを穿くようになり、脂肪がついた腹を隠すため、丈の長いゆったりとしたカットソーやブラウスを着るようになった。
 失恋のときと同じだった。ぶくぶくと太り、身なりにかまわなくなった。化粧もしないので、まだ三十代なのに十歳近く上に見える。
 そんな文絵を、敏行は嫌悪のこもった目で見るようになった。次第に口に出して、醜くなった、と文絵を蔑み、結婚して五年でこんなに変わってしまうなんて詐欺だ、と言った。
 ——こんな私にしたのは誰なの。
 心で叫んだ。声に出して言いたかったが、鏡のなかの変わり果てた自分を見ると、声は喉の奥に貼り付き出てこなかった。
 文絵は次第に、外に出ないようになった。買い物やクリーニングなど、必要最低限の外出しかしない。昔の知人や幼稚園で知り合ったママ友とも連絡を取らなくなった。大学のときと同様に、家にこもるようになった。醜い自分の姿を見られたくなかった。
 その頃から、奇妙な感覚を覚えるようになった。実際に起こっていることなのに現実味がなかったり、もうひとりの自分が遠くから、自分を見ているような感覚にときどき陥る。起きていながら夢を見ているような感じだ。大学時代にはないことだった。
 夜、眠れなくなり、家事をする気がなくなった。子供たちにも、手をかけなくなった。掃除をしないので部屋は散らかり、水回りも汚れている。手作りだった食事も、できあいの総菜やインスタントものが多くなった。
 敏行もさすがにおかしいと思ったのだろう。心療内科を受診するよう、文絵に勧めた。
 翌日、近くの個人病院を訪れた。文絵を診た医師は、軽い精神安定剤と睡眠薬を処方し、二週間後にまた来るように言った。
 それから文絵は定期的に、病院へ通った。病名を告げられたのは、通院してからふた月後だった。医師の診断は、疲労とストレスからくる過食症および解離性障害に含まれる離人症だった。
 過食症は自覚していたが、後者ははじめて聞く病名だった。
 解離性離人症とは心の病で、自分自身の思考や行動、ときには外界に対して非現実感を覚えるものだ、と医師は説明した。例えば、自分で料理をしているのに、ガラス一枚隔てた向こう側で別な人間が調理しているような感覚を覚えたり、自分の身体が宙に浮いているような感じがしたりする。現実感が薄れ、白日夢を見ているような状態だ。
 まさに、文絵がときおり感じるものだった。医師は「投薬と、ストレスを軽減することで、いずれよくなります。気長に治していきましょう」と言いながらカルテを閉じた。あれから二年経つが、一進一退を繰り返すだけで、いまだに薬は手放せない。本当に治るのだろうか、という不安と、毎月かかる治療費が重く心に圧し掛かる。
 

※本記事は『ウツボカズラの甘い息』(柚月裕子著)の全464ページ中50ページを全六回に分けて掲載した試し読みページです。次回(第五回)更新は6月20日(土)を予定しています。

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