毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2015.11.25

大藪春彦賞作家が描く、戦慄の犯罪小説!!

試し読み連載(3)
「どうしてママは、
そんなに太っているの!」

柚月 裕子

試し読み連載(3)<br />「どうしてママは、<br />そんなに太っているの!」

【再掲】注目の長篇ミステリー『ウツボカズラの甘い息』(柚月裕子著)。ミステリー界期待の星として、大注目の柚月さんが今回挑んだのは、女性たちの抱える闇、欲望をリアルに描いた犯罪小説。そこで作品冒頭の50ページまでを試し読み連載(全六回)にて掲載!! 日常生活における人間の心の脆さを覗いてみて下さい。
連載第三回となる今回は、娘のいじめを目の当たりにし、文絵は己の過去を思い返す。かつて自分もいじめられていた――。

 

 美樹へのいじめがはじまったのは、今年の春からだった。
 いま、美樹は小学二年生だが、一年生から二年生に進級するとき、クラス替えがあった。
 五月に入って間もなく、授業参観があった。学科は国語。教科書に載っている、童話「三匹のこぶた」を勉強していた。
 授業がはじまってまもなく、ある男の子が、保護者がいる教室の後ろを気にする仕草を見せた。先生に注意されないように教科書で顔を隠しながら、後ろをちらちらと盗み見る。
 しばらくすると、周りにいた子供たちも、後ろを見はじめた。後ろを見た子供たちは、顔を見合わせてくすくす笑っている。
 そのときは、子供たちがなにを見て笑っているのかわからなかった。子供たちの笑いの理由を知ったのは、美樹が学校から帰ってきてからだった。
 その日、学校から帰ってきた美樹は、リビングに入るなり泣きはじめた。
 驚いて駆け寄り泣いている理由を訊ねると、美樹は今日の授業参観の話をはじめた。
 国語の時間、児童たちが笑っていたのは、文絵のことなのだという。今日の授業の教材になった「三匹のこぶた」には挿画がついていた。擬人化された豚の絵が、文絵にそっくりだったから、というのが笑った理由だった。
「わたしに、なんてあだ名がついたと思う?」
 美樹は、文絵に怒りをぶつけながら言う。
「ピグッチよ。豚は英語でピッグって言うんだって。子供はチャイルド。わたしは豚の子供だからピグッチだって、圭太くんが言ったの。そうしたら、クラスのみんなが、ピグッチ、ピグッチって呼びはじめて……」
 圭太というのは、二年生になってから同じクラスになった児童で、幼い頃から英語教室に通っている男の子だ。いい意味でも逆の意味でも活発な子で、クラスのムードメーカーだった。
 美樹は泣いて真っ赤になった目で、文絵を睨みつけて叫んだ。
「どうしてママは、そんなに太っているの!」
 頭のなかで、ぐわん、という音にならない音がした。
 忌まわしい過去の記憶が蘇る。と同時に、子供から馬鹿にされた屈辱と怒りが、胸に込み上げてくる。
 反射的に携帯を手に取った。学校の担任に、自分と娘が児童から受けた辱めを報告するためだった。
 発信ボタンを押しかけた文絵は、感情のままに行動しようとする自分を、必死に押しとどめた。
 相手はまだ七歳か八歳の子供だ。相手の子供はいじめという陰湿なものではなく、単にからかい半分で言ったのかもしれない。ここで大人が過敏に反応しては、逆に問題がこじれてしまうかもしれない。
 文絵は自分を落ち着かせながら、努めて平静を装った。
「そんな冷やかし、いまだけよ。そのうち、みんな言わなくなるから」
 話を聞き流す母親の素振りに、美樹もさほど大げさに騒ぐようなことではないかもしれない、そう思ったのだろう。
「そうかなあ」
 泣き止んだ娘の頭を、文絵は撫でた。
「そうよ。気にしない、気にしない」
 そのときは、美樹も納得したようだった。
 しかし、美樹に対する児童たちの態度は変わらなかった。むしろ、エスカレートしていた。教科書やノートに豚の落書きが書かれていたり、廊下ですれ違いざま、美樹を見ながら鼻をつまみ、臭い臭い、と笑いながら走り去っていく児童もいるという。
 いまでは美樹も、登校する時間になると、腹痛や頭痛といった身体の不調を訴えるようになった。学校に行きたくないゆえの詐病なのか、精神的な問題で本当に痛むのかはわからない。一応、熱を測り平熱ならば、なにかあったら保健室に行きなさい、と言い聞かせて強引に家から送り出す。
 美樹へのいじめを、学校の担任は気づいているのか気づいていないのか、なにも言ってこない。
 担任に相談しなければ、と思いながらもタイミングがつかめず、いまに至っている。
 文絵は、壁にかけてある鏡を見た。
 鏡のなかには、ぶよぶよに太った女がいた。目と鼻は、肉がついて盛り上がった頬のなかに埋もれ、顎の下には贅肉が肉袋のように垂れ下がっている。胸より前に突き出た腹は、妊婦のようだ。
 いまは醜い姿だが、文絵にも輝いていた時期があった。
 中学生のときだ。
 幼児期から小学生のときは、いまとおなじように醜く太っていた。学校でつけられたあだ名はシロブタ。色が白く旧姓が牟田だったので、シロムタになぞらえられたのだった。
 文絵の両親は、父親が二十六歳、母親が二十二歳のときに結婚した。そのときはすでに、母親のおなかのなかに文絵がいた。
 父親は地元の福井に本社を置く中堅企業の、サラリーマンだった。出張が多く、月の半分は家を空けていた。
 夫がいない寂しさからか、ホステス時代の遊び癖が抜けないのか、母親は夜になると化粧をし、文絵を置いて出ていくことが多かった。夜遅く帰ってくると、決まって強い酒の匂いがした。
 たったひとりの子供なのに、ふたりとも文絵に関心はなかった。
 家にほとんどいない父親はともかく、文絵とともに暮らしている母親は、まったく文絵に手をかけなかった。文絵の学校の交友関係はもとより、文絵の身なりにもかまわない。
 小学生ともなれば、女の子たちは髪型や洋服に気を遣うようになる。髪に可愛い飾りをつけたり、おしゃれな洋服を身につけていた。
 だが、文絵は違っていた。お金がもったいない、という理由で、髪はいつも母親が手芸用のはさみで切っていたし、洋服もどこからか貰ってきた誰かのお古をあてがわれていた。
 育児と同じくらい、母親は家事もしなかった。ほこりでは死なない、とか、それくらいの汚れはなんでもない、との理由で、掃除や洗濯を何日もしなかった。文絵は、食べ染みがつき、汗の臭いがする服で登校した。
 不格好で不潔な文絵を、周りの生徒は「きたない、臭い」といじめた。なくなった運動着がごみ箱のなかから出てきたり、机のなかに給食の残飯を入れられたこともある。
 学校でいじめに遭っていることを、文絵は教師や親には言えなかった。いじめが表面化して問題になれば、さらにいじめられると思ったし、なにより人に知られることで、いま以上に惨めな思いをしたくなかった。
 辛い生活を変える転機が訪れたのは、小学六年生の冬だった。
 父親が、春の人事異動で福井から岐阜へ転勤することになったのである。引っ越しは四カ月後の三月で、文絵は春から新しい土地の中学校に通うことになった。
 文絵は、自分が変わるのはいましかない、と思った。もういじめられるのは嫌だ。醜い自分と決別したい、そう強く思った。痩せて身なりを清潔にすれば、新しい土地できっと友達ができる。楽しい学校生活が送れるはずだ。そう考え、自分を変える決意をした。
 引っ越しを知った翌日から、文絵はダイエットに励んだ。間食をやめて、食事も半分に減らした。空腹に耐えきれず、つい甘いものに手を出しそうになるときもあったが、生まれ変わった自分を想像してひたすら堪えた。
 少しずつ痩せていくにしたがい、周りは変わりはじめた。
 もともと、文絵の顔立ちは整っている。頬や顎についていた肉がとれると、顔の大きさが半分になった。逆に目は大きくなり、鼻が高くなる。
 体型もそうだ。身長が高かった文絵は、もとから手足が長かった。身体についていた贅肉のせいで、気がつかなかっただけだ。
 シロブタと呼ばれることが減り、私物が紛失することもなくなった。
 卒業式の前の日、文絵は計画して貯めていた小遣いで、生まれて初めて美容院へ行った。
 ひとつにまとめてずっと伸ばしていた髪を、肩の長さに切ってもらった。
 普段からドライヤーもかけずにほったらかしだった髪は、それが功を奏したらしく、傷みがなく艶々していた。美容院の鏡のなかには、誰もが目を見張る美少女がいた。
 卒業式当日。十五キロの減量に成功し、春から通う中学校の制服に身を包んだ文絵を、誰もが息を呑んで見つめた。同級生の女子は、好奇と嫉妬の入り混じった目をし、男子は美しく変貌した文絵に、見入っていた。白豚が白鷺に変身した瞬間だった。
 

※本記事は『ウツボカズラの甘い息』(柚月裕子著)の全464ページ中50ページを全六回に分けて掲載した試し読みページです。次回(第四回)更新は6月18日(木)を予定しています。

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

柚月裕子『ウツボカズラの甘い息』
→書籍の購入はこちら(Amazon)

 

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!