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2015.06.09

第十三回

おはしカフェに行こう

小嶋 陽太郎

おはしカフェに行こう

  ガストがつぶれた。
 この前はサークルKサンクスがつぶれたし、どうしてこうも僕がよく利用していた数少ない行きつけの店が続けざまにつぶれなくてはならないのか。
 ところでこの連載のタイトルは、
「新人作家は今日も大学近くの喫茶店でぐずぐずしています」
 である。しかし実際は、
「新人作家は今日もガストでぐずぐずしています」
 だ。そう言っていいくらい、一時期の僕はそのつぶれたガストに通っていた。
 そのガストはただのガストではなく「おはしカフェ・ガスト」だった。
 知らない人のために説明しておくと、おはしカフェ・ガストとはその名のとおり、お箸を全面的に推しているガストである。壁にお箸が飾ってあるし、メニューもお箸に合わせて和風っぽいものが多い。しかし完全に和風のものしかないわけではない。パスタやピザもある。ピザはふつうのマルゲリータではなく、「シラスとなんかのピザ」的な感じにしてお茶を濁すという、ごく中途半端な和風具合のガスト、それがおはしカフェ・ガストである。
 僕は、おはしカフェ・ガストをけっこうメジャーなものだと思っていた。しかし先日、角川書店の担当編集者のKさんに松本に来てもらったときにそうでもないということが発覚した。
「暑いですね。ちょっとどっかで休みますか」
「あ、ちょうどガストありますよ」
 僕たちは書店回りの合間にガストに入った。そしてKさんはそのガストがなんだかふつうのガストとは違うということに気づいたみたいだった。
「おはしカフェ・ガストですよ」
 と僕は教えてあげた。
「え、なんですか、それ」
 という返事が返ってきた。
「……おはしカフェ、知らないんですか?」
「初めて聞きましたよ」
「東京にないんですか? おはしカフェ」
「いや、見たことないですよ」
 なんということだ……!
 松本には僕の知る限り四つガストがあるが(冒頭に書いたがひとつつぶれたのでいまは三つ)、そのうちの二つはおはしカフェである。だから僕はおはしカフェ・ガストはガストと同じくらいメジャーなものだと思い込んでいた。しかし調べたところ、おはしカフェは関東周辺の限られた県に数店舗ずつあるだけで(東京には二店舗だけあった。Kさんが知らないのも無理ない)、全国的に見ればごくレアな店なのだということが判明した。
 僕がおはしカフェに行く時間はだいたい決まっていた。朝の九時か十時くらいだ。
 席に着くとキャンペーン中とか言って、店員さんがいつも読売新聞をくれる。僕はそれを「いらんなあ」と思いながら受け取ってテーブルに置き(新聞を読む習慣がない。読んだほうがいいとは思う)、モーニングの目玉焼きセットを頼む。目玉焼きが二つとサラダとパンと、あとドリンクバーがついて四百円くらいという素晴らしいセットである。それらをお箸で食べ、それからパソコンを出して仕事に取りかかったり、もしくは漫画を読んだり、もしくは机に突っ伏して爆睡したりした。
 おはしカフェではいろんなことがあった。
 元ヤンぽいおじさんが店員に長々とクレーム(つーかイチャモン)をつけているのが聞こえてきてうるせーと思ったり、隣に座った中年の女(三つ編みのおさげ・分厚い縁メガネ・似合っていない)が「これ絶対向こうが悪いよねぇえー!? 私、間違ってないよねぇえー!? 私、なんか悪いことしたかなぁあー!? だいたいあの子さぁあ―!!!」と連れの女にでかい声で誰かの悪口を言っているのを見て、強いて言えば髪形とメガネが間違っていると思ったり、向かいに座った小さな子供二人連れのお母さんが、上の子(三歳くらい)の腕をヒステリックにつかんで引っ張ってその子が頭を思いきりテーブルの角にぶつけて大泣きするのを見て心臓のあたりがぎゅーとなり、冷や汗のようなものをかきながらいたたまれなくなって慌てて会計をして店から出たり(お子さん怪我しますよ、とか、何かしら注意すればよかったかな、と店を出てから後悔した。でも、そういうのってかなりの勇気が必要だ)、実にいろいろな思い出が、おはしカフェにはあった(楽しい出来事が思い出せないのはなぜだ……)。
 でもそんな思い出のおはしカフェがなくなってしまった。
 最後に行ったのはおそらく四か月くらい前である。
 なぜ四か月ものあいだ行かなかったかというと、目玉焼きセットのサラダのレタスがくたびれていてイヤだったからでは、決してない。
 僕はおはしカフェに通いまくる時期とか、マックに通いまくる時期とか、図書館に通いまくる時期とか、家にこもっている時期とか、そういった気まぐれなサイクルの中で生きている。たまたま最近、おはしカフェサイクルではなかったというだけの話なのだ。しかし偶然にも「久しぶりにおはしカフェで読まない読売新聞もらいつつ目玉焼きを食べたい、お箸で」と思っていた矢先のことだったので、いま、ガーンとショックが波のように押し寄せてきている。
 そんな僕にいまできることは、ガストがつぶれたあとのテナントに入った新たな店に行かないことだ。たとえサイゼリヤが入っていようとロイヤルホストが入っていようと、絶対に行かない。未亡人になったとたんに別の男と結婚する尻軽女のようで、薄情な感じがするからだ。
 だけどこの前店の前を通りかかったら、サイゼでもロイホでもなく食べ放題のしゃぶしゃぶ屋になっていた。しかも、とても安いようなことが看板に書かれていた。
 ファミレスとは全然種類違うからさ、行ってもいいかな?
 いまは亡きおはしカフェにたずねたけど、返事はなかった。

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