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2013.11.19

第1回

計算されたリスクを取ること 前編

大栗 博司

計算されたリスクを取ること 前編

人生は決断の連続。そして決断の材料になる情報は、不足し不確実なのが世の常です。でも、コイントスからがん検診、原発の安全性まで、実は自分なりに納得のできる判断をするための「方法」があります。それが……

 生きていく間には、大きな決断をしなければいけないことがある。学校では解答が一つに決まった問題しか試験に出ないけれど、現実の社会では正解がないことの方が多い。また、問題を解くための材料がきちんとそろっているとも限らない。不確実な情報で判断しなければいけないときは、どうしたらよいのか。また、新しい情報が手に入ったときに、どのような基準で判断を修正していけばよいのか。今回は、そのための方法について語ろう。

* * *

 君がまだ生まれる前のことだが、1994年にロサンゼルスでO.J.シンプソン事件というものがあった。フットボール選手だったシンプソンの元妻のニコール・ブラウンが、友人のロナルド・ゴールドマンとともに、自宅の前で死んでいるのが発見され、シンプソンに疑いがかかったんだ。シンプソンはフットボールを引退した後、俳優やコメンテーターとしても活躍していた人気者だったので、大きな話題になった。シンプソンのために全米から集まった弁護団は、「ドリームチーム」と呼ばれ、一方、検察側も腕利きの検事をくりだしてきたので、「世紀の裁判」として裁判の様子がテレビで生中継された。

 検察側は、シンプソンが長年にわたってブラウンに暴力を振るってきた証拠を提出した。家庭内暴力が殺人につながったという筋書きを立証しようとしたのだ。ところが、弁護団の1人、ハーバード大学の法科大学院(ロー・スクール)教授のアラン・ダーショビッツは、米国連邦捜査局(FBI)の統一犯罪報告書を引用して、妻を虐待していた夫の中で妻を殺してしまうのは2,500人に1人しかいないので、家庭内暴力の証拠は無視すべきだと主張した。

 検察側はこれにうまく反論できず、シンプソンが暴力を振るっていた証拠で陪審員の心証を得ることができなかった。しかし、ダーショビッツ教授の主張は詭弁だ。そして、これをきっぱりと論破できるのが、数学の言葉なんだ。

  刑事裁判で問われているのは、有罪の「確率」だ。犯罪が起きていることを目の前で見ているのでない限り、100パーセント有罪であると言うことはできない。検察側に求められているのは、無罪である確率がゼロに近いと示すこと、法律用語では「合理的な疑いを差し挟む余地がない立証」だ。どのくらいゼロに近ければ合理的な疑いがないと言えるのかは、主観的な問題で、数学だけでは判断できない。その判断をするのは、裁判官や陪審員の役割だ。しかし、確率を使えば疑いの程度を数字として表すことができるので、合理的な疑いが残っているのかどうかの判断材料になる。それが数学の役割だ。

 確率の言葉を使うと、ダーショビッツ教授は、家庭内暴力をしていた夫が妻を殺す確率は2,500分の1で、これは小さすぎるから証拠として意味がないと言っているんだ。しかし、判断をする場合には、あらゆる情報を見なければいけない。実は、ダーショビッツ教授が無視している重要な情報がある。それは、ニコール・ブラウンが既に死んでいるということだ。この情報を使うと、確率の計算が全く変わってしまう。それを説明するのが、今日の話の目的の一つだ。

* * *

 あらかじめ断っておくけれど、今回の話では大まかな計算をする。だから、掛け算や割り算をしたあとで、端数を適当に切り捨てたり繰り上げたりしている。たとえば、$1/3 =0.3$ と書いたりする。 

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