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2015.05.24

第11回

詩人、動物たちの島へ

文月 悠光

詩人、動物たちの島へ

 旅の後半に差し掛かると、お土産のことがつい気にかかる。スークと呼ばれる商店街風の市場は、スパイスやお香、伝統工芸品を賑やかに揃えている。観光客なら冷やかしに立ち寄ってみると面白いはず。金のアクセサリーばかりを集めた「ゴールドスーク」では、地元女性の買い物の様子を観察できる。黒いアバヤの袖には、金のブレスレットがよく映えるだろう。

ゴールドスークとアバヤ姿の女たち。

  半日だけ予定が空いたその日、ドバイ・オールド・スークへ買い物に出た。お土産物のショールや靴、クッションカバー、ラクダの置物、ランプなどが所狭しに置かれ、商人たちの呼び声が止まない。商人は地元民ではなく、ドバイへ出稼ぎに来た外国人だ。陽気で感じのいい彼らだが、強引に売り物を見せてきたり、ショールを肩にかけてくることもあり、そんなときは強めに拒否しなくてはならない。

ドバイクリーク沿いのオープンカフェ付近の商店
シャルジャのヘリテージ・エリアのスーク

 スークの商人たちは、各国の観光客に合わせた客寄せのフレーズを連呼する。私たちが日本人だと見て取ると、途端に「コンニチハ~」の嵐だ。幾つかバリエーションがあるらしく、詩人として興味深いので、思わずメモを取る。

「こんにちは」「かわいいね」「ありがとう」
「高い高い」「安い安い」「ガリガリ」
「おもてなし」「秋葉原」「御徒町」
「これ」「ダメよ~ダメダメ」

 並べてみると、おかしな語彙体系である。「おもてなし」「ダメよ~ダメダメ」など、きちんと流行語もおさえているあたり、さすが観光地だ。外国人なまりで棒読みの「ダメよ~ダメダメ」は、本物(?)のロボット口調とどこか似ているかも。「ガリガリ」は棒アイスのガリガリ君が由来らしいが、言っている当人たちはたぶん分かっていない(言われてもあまり嬉しくない……)。
 特に不思議だったのが「御徒町」。「オゥカチマチィ~」と節をつけて声高に呼びかけている。どうやらスークのような商店街を、日本では「オカチマチ」と呼ぶのだと悪ふざけで教わったよう。なぜこんな悪ふざけが広まったのか悩ましいが、この御徒町コールを聞くたびに私は違和感と笑いが止まらなかった。

お気に入りの戦利品

 スークでは高値をふっかけられるので、とにかく値切らなければ損をしてしまう。インド人の旅行ガイドに手伝ってもらいながら、なんとか値切り戦を突破し、靴とショールを購入。モロッコの伝統的な履物・バブーシュは一足1800円、シルクのショールは2700円。あれこれ迷ったものの、気に入ったものだけを慎重に購入した。
 とはいえ、値切り交渉を進めていく内に険悪とまではいかないが、向こうに不機嫌な空気が流れ出す。日本では値切る習慣がないので、こちらもだんだん当惑してくる。ふっかけるのはやめて、はじめから値段を固定してくれればいいのに……。
 けれど、こんなことがあった。一緒に買い物をしていた中島桃果子さんがお店に、別の店で買ったショールを忘れてしまったとき、店員がわざわざ走ってきて、笑顔で届けてくれたのだ。
「さっきまで値切りの件で、あんなにやり合ってたのにね」と桃果子さん。そういえば店員の態度に一切トゲがないのが不思議だった。まるで友達のような距離感。彼らにとっては、ちょっとでも会話をしたら、客とはいえ「トモダチ」なのだ。うーむ、憎めない。

 ディラ・オールド・スークは、スパイスやお香が大量に売られており、異国らしい雰囲気に溢れている。近づくだけで、形容しがたい香りの集合体に包まれる。大袋に詰め込まれたスパイスは、量り売りで購入できるようだ。
 ざっとそれぞれのスパイスについて説明してもらう。ウコン、ドライレモン、シナモン、ローズヒップ、ラベンダー、ハイビスカス、月桂樹、デーツ、サフラン、コーヒーに浮かべるカルダモン、漂白剤・染料のインディゴなどなど種類豊富。「硫黄は肌にいい、ミョウバンはデオドラントとして使う」など、それぞれが生活に欠かせない。

 アラブの代表的なお香が〈乳香〉。木の樹液が固まった白濁色の樹脂で、焚くと少し甘い木の香りがする。お香は高価なので、毎日少しずつ焚いては消し、を繰り返すそうだ。調合はその家によって少しずつ異なる。夫が帰る時間が近づくと、奥さんがお香を焚いた台を手に歩き、家の中に煙を撒いておく。すると、お香の煙が消えた後も家の中によい香りだけが残るのだ。その香りに「おかえりなさい」という言葉が宿っている。香りで何かを表現する文化って素敵だ。

 こちらは隣の地域、シャルジャで訪れたスーク内のカフェ。料金はとても安く、一番安い紅茶は1杯数十円。出稼ぎの労働者たちも、仕事の合間にここに立ち寄り、仲間と休憩するようだ。こんな小さなお店にも、UAE建国の父シェイク・ザイードの写真が飾られている。スークの喧騒を逃れ、木のテーブルとマジリス風のソファに一息ついた。
 ドバイはイスラム教社会なので、お酒はもちろん御法度。でも、コーヒーは大好き。夜11時を過ぎても、水タバコをふかしてカフェで談笑するエミラーティを大勢見かけた。早朝には礼拝があるが、仕事終わりは早いため、昼過ぎには休めるようだ。

 お茶といえば、こんな場所で飲んだ一杯も印象強かった。
 旅の折り返し地点にきた1月の終わり、アブダビのシルバニヤス島を訪ねた。夕方からは、自然豊かな山と野生動物たちを楽しむ〈サファリ〉へ出発。窓ガラスはなく、天井が開くタイプのワゴン車で、風が勢いよく吹きつけてくる。自然公園は、日本のサファリパークとは比較にならないほど広大で、動物たちも生き生きしている。 

 それもそのはず、40年前シェイク・ザイードは、この地を野生生物保護地区として整備し、動物たちを放った。島の半分を占める自然公園には、たくさんの野生生物が生息しており、1000人以上のスタッフが自然保護や整備に関わっているという。車を走らせていると、ガゼル、オリックス、マウンテンシープ、キリン、チーター、ダチョウ、孔雀などの野生動物が、柵も見えない状態で次々に現れる。
 夕暮れの時間が近づくと、マウンテンシープたちが一斉に崖を駆け上り、私たちの前を行く。あ、彼らも夕日を見に行くんだね、と思わず車内でうなずき合った。赤らむ空とシープの背中に期待を掻き立てられ、胸が高鳴る。 

私たちの前を駆けていくマウンテンシープ。

 赤土の丘の上に、小さな赤いマジリスが用意されていた。ガイドの運転手が、熱いアラビックコーヒーとデイツをふるまってくれる。山の澄んだ空気と共に味わう。頭上には、私たちを歓迎するように真っ白な月が輝きはじめた。
 膝を抱え、小石の積もる地面に腰掛ける。日が暮れるにつれて、石は赤紫色を帯びていく。赤い空に山影が溶け出し、空をふわりと闇で包んでいく。その上に、星々が粉砂糖のように点々と降りかかる。

 どこからか動物たちの鳴き交わす声が聞こえる。それが夕焼けの空と相俟って、アザーン(礼拝の呼びかけ)のように温かく響く。ここでは動物たちも夕日を見つめ、祈るのだろうか。お尻の下にある小石の硬さと、姿の見えない動物たちの気配に、私は不思議な一体感を覚えた。 

***

 6月7日(日)昼15時より、ドバイに関するイベントを開催します。
 旅を共にした中島桃果子さんをゲストに、下北沢の書店B&Bにてトークあり、詩の朗読ありの特別な時間をお届けします。
 イベント詳細は、下記B&Bサイトにてご確認ください。 

◎文月悠光×中島桃果子
「詩人と小説家が見つめたドバイ――誰かと旅をすること」
http://bookandbeer.com/blog/event/2015060701_bt/

 

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