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2015.05.24

第十二回

江戸前コンビニエンス

小嶋 陽太郎

江戸前コンビニエンス

 近所のサークルKサンクスがつぶれた。
 そのサークルKサンクスは僕にとっては思い出深い店だった。
 数年前の夏のある夜、帰省した友達と遊んだ帰りにそこに寄った僕は、おかしな店員を見た。二時とか三時とか、かなり遅い時間だった。夜勤の店員はひとりで、それは五十くらいの、きりっとしたおじさんだった。べつにおじさんがコンビニの夜勤をしていること自体はおかしくない。ただ、彼は頭に太いハチマキのような何かを巻いていた。そして僕が店に入った瞬間に「いらっしゃいっ」と威勢よく言った。
 僕は漫画雑誌を何冊か立ち読みしたあと、アイスをひとつ手に持ってハチマキおじさんの待つレジへ向かった。レジにピノを置くとおじさんは「どうもっ」と言いながら、バーコードを読みこんだ。僕はお金を払い、おじさんは「あいよっ」みたいなことを言いながらそれを受け取り、お釣りとレシートを渡してくれた。最後に「ありがとうございますっ」という声が聞こえた。
 ピノを片手に店を出ながら僕は思った。えらく江戸前的な店員さんだったな……。
 それからというもの、夜、サークルKサンクスに行くと江戸前のおじさんはいつもレジにいた。必ずハチマキのような、タオルのような何かを頭に巻いていた。そしてやはり、
「いらっしゃいっ」
「あいよっ」
「どうもっ」
「ありがとうございますっ」
 と言った。
 四十前半で脱サラをし、夢だった寿司屋を始めるために三年間、東京に出て江戸前の寿司屋で修業をした。三年後、無事に松本で寿司屋を始めた。しかし松本には海がないので活きのいい魚が手に入らない。そのうえ周囲には何店舗も回転寿司がある。当然商売はうまくいかず、数年で店をたたむことになった。
 無職となった五十近い自分を雇ってくれるところなどそうそう見つからなかった。が、なんとかコンビニの夜勤という働き口が見つかった。いまは一時的にコンビニのレジ打ちに甘んじているが、またいつか、寿司屋をやるんだ。そういう思いを忘れないためにも、ハチマキを巻いて慣れないレジを打つ日々である。
 僕は勝手にそのような物語を、コンビニの江戸前のおじさんに見ていた。
 江戸前のおじさんは、冬にはネックウォーマーを着用していることがあった。しかし首ではなく、頭に着けていた。頭に謎の何かを巻いている漫画のキャラみたいになっていて(なんかそういうキャラっていますよね)、明らかにへんだった。この人、ネックウォーマーの使い方がわかっていないのだろうか? 
 江戸前のおじさんのヘッドウォーマー姿には笑えるものがあったが、彼がコンビニバイトに至った経緯を考えると、僕はあまり笑う気にはなれなかった。
 でも店を出たあとにめちゃくちゃ笑った。家に帰って母に、「あのおじさん今度は頭にネックウォーマー巻いててさー、まじウケるよね」とノリノリで話した。
 またあるときは、おじさんはゴム製の白い長靴を履いて、腰から下に前掛けをしていることさえあった。しかしこれに関しては、一種の思い出補正を僕の脳がしているのかもしれない(というか長靴と前掛けって、寿司屋じゃなくてたぶん魚屋だ)。
 僕はそのおじさんが好きだった。
 コンビニといえばマニュアルどおりに制服を着た店員がマニュアルどおりの言葉で淡々と接客するのがふつうだ。そんな中にあって、江戸前のおじさんはあまりに個性的だった。
 威勢のいいあいさつや言葉遣いや謎のヘッドウォーマーに毎回くすくす笑うことができたし、その感じが、なぜだかとても心地よかった。もしかしたら、この人の天職はサラリーマンでも寿司屋でもなく、このサークルKサンクスの夜勤バイトなのではないか? とさえ思った。ほかの人のことは知らないが、少なくとも僕は彼の江戸前接客のファンだったのだ。
 一、二週間前、母に「あそこのコンビニつぶれたね」と言われ、僕は衝撃を受けた。
 行ってみたら、たしかにサークルKサンクスは真っ白になっていた。カラフルな看板は外され、空きテナントになっていた。
 これでもう、あの江戸前接客は味わえないのだ。そう思うと、なんともいえないさみしさが残った。もう一度くらい、深夜のサークルKサンクスでピノ買っとけばよかったぜ。
 こうなると気になるのは、江戸前のおじさんの行方である。
 いまごろ彼は何をしているのだろうか。たぶんサラリーマンに戻っていることはないだろう。
 今度は海のある街で寿司屋をやっているといいんだけどなあ。
 僕はファンとして食べに行きますよ(そもそも脱サラして寿司屋を目指している人かどうかわからんけど)。

 

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