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2004.09.01

DV

上原 隆

DV

「ふーっ」山野妙子(34歳)は台所で洗い物が終わった時に思わずため息をついた。
 ドン! テレビゲームをしていた夫の照夫(31歳)がそばにあったゴミ箱を蹴飛ばしたのだ。
〈しまった〉妙子は心臓をギュッとつかまれたような感じになる。
「だから、仕事を辞めろっていってんだ」背中を向けたまま照夫がいう。
「授業の後に職員会議があって……」妙子の声が震えている。
 バン! 照夫が居間の低いテーブルを両手で叩いて立ちあがる。
「じゃかーしい、ボケ」

 妙子は高校の英語の教師をしている。26歳の時に結婚し、一児をもうけたが、次々に借金をする夫に愛想をつかして2年後に離婚。5年間息子と二人で暮らした後、結婚相談所の紹介で照夫と知り合った。2カ月つき合って再婚した。
 つき合っている頃から、照夫の粗野なところは目についた。しかし、妙子が泣くとすぐに謝るので、〈自分の非を認めることのできる人だから、私がつくせば変わっていくに違いない〉と思った。
 妙子は教師として、体面を気にしていた。いつまでも母子家庭でいるのは良くない、父親のいる家庭にしたい、と思っていた。それに、小学校の入学時に息子の姓が変わればそのことでいじめられたりもしないだろうとも考えた。

 照夫が発作的に怒りだす人だということは、いっしょに暮らしてみて、はじめてわかった。
 学校のことを話すと「学校を辞めろ」というし、妙子がアメリカに住んでいたことを話すと「聞きたくない」という。風呂に湯をはると「もったいないからシャワーにしろ」といって冬でも風呂を使わせないし、電気をつけたままうたた寝をしていると体を蹴とばす。妙子の携帯電話を勝手に見て、同僚の男性教師からのメールをすべて消し、「浮気してるだろう」としつこくきく。
 どれもこれも、怒りはじめると暴力に発展し、翌日になると、「すみませんでした」と土下座をして謝る。

 ガシャ! 妙子は洗ったばかりのワイングラスを流しにたたきつける。
 最近、照夫が怒りはじめると、頭が真っ白になり、自分でも訳のわからない行動をする。
「頭が狂ってんじゃないか」照夫はそういうと、テーブルの上にある妙子の携帯電話と車の鍵をとって、ジャージのポケットにしまいこむ。彼女を遠くに逃げさせないためだ。
 妙子はテーブルを回り、玄関へ向かう。
 照夫が回し蹴りをする。足が彼女の腹に入る。
「ウッ」妙子は息ができなくなって、床に両手をつく。
〈逃げなきゃ〉妙子は玄関へ向かって這う。

 照夫は電力会社の営業をしている。家にいる時のほとんどはゲームをしていて、家事はいっさいしない。月に一度、友だちと遊びに出かける。迷彩服を着て車に乗り、戦争ごっこをしに行くのだ。
 妙子は暴力や戦争は大嫌いだ。
 照夫の望みは、妙子が教師を辞めて、専業主婦になり、自分の子を産んでくれることだ。
 妙子は仕事に生きがいを感じているし、彼の子を妊娠したら危険だと感じ、ピルを常用している。
 趣味も考えもまったく違う。
 なぜ、結婚したのだろう?
「彼に押しまくられたんです」と妙子はいう。
 照夫はなぜ、妙子と結婚したかったのだろう?
「ルックスとスタイルで選んだといってました」

 妙子の細い体を照夫が後ろからかかえる。妙子は両手両足をバタバタさせるが、照夫は彼女を持ち上げ、自分も背中から倒れるようにして彼女を仰向けにする。バックドロップというレスリングの技だ。妙子は床に肩を打ちつける。
 一瞬気が遠くなり、妙子はグッタリとする。
「気を失ったふりをしやがって!」立ちあがった照夫が彼女の上に馬乗りになる。
「殺すぞ」照夫は両手で彼女の首を絞める。
 妙子は無抵抗のままだ。
「気がついているんだろ」照夫は彼女に顔を近づけて口づけをする。唇を噛む。
「痛い!」妙子は彼のあごを押し返す
 照夫はその手をつかむと上にあげ、彼女のセーターとTシャツを脱がす。

 一度、妙子は裸足でパジャマのまま外に逃げだしたことがある。車で追ってきた照夫につかまり、車に乗せられた。家に連れ戻すのだろうと思っていたところ、山の方へズンズンと入っていき、人通りのないところで車を止め、妙子のパジャマをはぎ、いやがる彼女を抑えて、犯した。家に帰ってから、照夫が土下座して謝るので、
「どうしてあんなことしたの?」ときくと、
 照夫はまじめな顔でこう答えた。
「ああいうのがやりたかったんだ」

 あまりに照夫の暴力がひどい時には、近所の人が心配してたずねてきた。すると、照夫は能弁になり、妙子が酒を飲んで暴れるのはアル中かもしれないとか、精神的な病気なのだとか説明した。妙子には弁解する気力もなく、そのうち、自分でも本当に病気なのかもしれないと思いはじめていた。

 2階で寝ていた子どもが降りてくる。
「子どもが見てるからやめて」上半身裸の妙子がいう。
「子どもにも見せるんだよ」照夫は馬乗りになって、笑っている。
 照夫がスカートの下から手を入れてくる。彼女は足をバタつかせて暴れる。
 妙子は照夫から逃れようと腰を持ち上げ、体を下へ下へとずらしていく。
 照夫は左手で妙子の頬をはる。
 妙子は右足を大きく蹴り上げる。その時に台所と居間のしきりのガラス戸を蹴破る。ガシャッ!
 妙子の顔が照夫の股のところにきて、照夫は前のめりになる。妙子は勢い込んで右足に力を込める。戸に残っていたガラスに足首が乗り、ざっくりと切れる。血が噴きだす。
 それを見た照夫はあわてて、台所の布巾で妙子の足を拭く。次々に血があふれ出る。洗面所からタオルを持ってきて足首を縛る。
「母ちゃんが死んだ、母ちゃんが死んだ」火がついたように息子が叫びながら、部屋の中をグルグルと走り回る。
 照夫は119番に電話をかけて救急車を呼んでいる。
 走り回る子どもを見て、妙子は〈ガラスを踏む!〉と思いながら、声を出すことも立ちあがることもできないでいる。

 妙子は入院し、外科で足の治療を受け、照夫の要請で精神科にかかった。そこの医者が妙子の話をきき、それはDV、ドメスティック・バイオレンスだと教えてくれた。
「このまま暴力のもとで生きていくか、離婚するか、どちらかしかない、あなたが選ぶことだ」といった。
 妙子は離婚を決断できないでいた。すると、医者が3人で話し合おうといった。
 妙子は照夫と向き合い、怖かった行為のひとつひとつを指摘した。
「そんなふうに感じてたんだ、いってくれればよかったのに」
 ものわかりの良さそうな表情をして話す照夫を見て、妙子は思った。
〈いえないほど怖かったのよ〉

 99・9パーセントDVの男は治らないと医者はいった。妙子は離婚を決心する。結婚して半年、子どもを両親にあずけ、自分は保護施設に入り、法的措置をとってもらい、夫には接近禁止令がだされた。

 私との話が終わると、妙子は回りを気にしながら車まで歩いていく。右足首の白い包帯が痛々しい。

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