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2012.05.01

第四回

ピンクでも ベビーピンクは とりわけの
越すに越されぬ 関の厳しさ

内澤 旬子

ピンクでも ベビーピンクは とりわけの<br />越すに越されぬ 関の厳しさ

 それにしても何を着ればいいのだろう。バレエ教室に通おうと即決したのはいいのだが、衣装のことまで気が回っていなかった。
 バレエと言えば、レオタードであり、トウシューズであり、ピンクタイツであり、チュチュである。いやチュチュやトウシューズはお稽古に必要ないんだけれども、半透明のヒラヒラした巻きスカートはレッスン着の王道である。
 正気に戻ってみれば、どれもこれも、これまでの自分には縁遠いなんてもんではない。
 山のあなたの空遠く
 「幸(さいわひ)」住むと人のいふ
 というカール・ブッセの詩(上田敏訳『海潮音』所収)が脳内に響く。しかもそのときイメージする山は、高尾山や富士山など、その辺から天気のいいときにちょこんと見える山ではなく、雲南省やベトナム北部やブータン奥地あたりの山。こんこんと重なる尾根の向こうに白く光るチョモランマの頂があるんだろうけど、遠すぎて見えない、たどり着く前に高山病でぶっ倒れて死ぬ、それくらいの遠さなのである。
 ボディコンシャスなヨガウェアまで着ておいて、何をほざくかと、おっしゃる向きもあろう。しかし、バレエのウェアとヨガウェアとでは、照れくささのレベルが全然違うのだ。
 それにいくらボディコンシャスとはいえ、ヨガウェアのパンツは膝下は広がっている。スパッツを組み合わせる人もゼロではないが、ほとんどいない。結構改善されたとはいえ、O脚の私もスパッツはほとんど着ない。

 ところがバレエのレオタードとタイツでは、腹、尻、太もも、膝上、すべてがあらわになってしまう。あらわになるどころか、レオタードはしっかり尻肉に食い込む。しかも基本色はベビーピンクと来たもんだ。この世で物心ついて以来、入院先の寝巻くらいしか身に付けたことのない色である。四十路を超えてから付けるのは、どうなのか。

 たるんだ尻肉をなんとかするためとはいえ、このハードルを私の心が乗り越えて、試着室にたどり着けるか、自信ないなあ。

 ここはひとつ21世紀人の生きる知恵というか、堕落のたまものというべきか、微妙なところであるが、ネット通販におすがりして買いたい。ところが、山崎さんをはじめとする先達のみなさまがおっしゃるには、バレエシューズは表記サイズより一センチは小さく出来ているから、ともかく実際に履いて買いたほうがいいらしい。それに次のお稽古までにシューズだけは買わねばならないから、通販をポチポチしている暇もない。

 バレエ用品といえば、有名老舗Chacott。公園通りに城のようにそそり立っている。大学が渋谷にあったため、店の前は何度も通ったことがある。クラスの友人はバレエを習ってもいないのに、そこでカシュクールを買って、お洒落にコーディネイトしていたっけな。四半世紀前の話である。調べたら今も同じ場所にあった。店の変転激しい渋谷では珍しい。

 癌になる前から苦手であったが、ホルモン療法中に騒音で耳鳴りがするようになって以来、私は大きな街や駅には用がないかぎり近づかない。耳鳴りはもうほとんど治っているのだが、近づかないうちに人酔いするようになってしまった。そんなわけで渋谷もトンとご無沙汰している。

 バレエクラスの先輩の一人で、以前一度仕事で御世話になったライターのNさんからは、「Chacottよりも安めのお店もありますよ」と、別のバレエ用品店をメールで教えていただいた。んが、これがよりにもよって新宿地下街にあるのであった。

 渋谷よりもさらに新宿は苦手である。新宿に足を踏み入れてから三十年以上経つにもかかわらず、中村屋と紀伊国屋書店と世界堂と今はなきジュンク堂新宿店しかまともに入れない。伊勢丹は通り道なので場所はわかるのだが、昔からなぜか苦手なのだった。

 こんな状況で、迷路のような地下街を辿って店まで行けるとは思えない。ちなみに私のスマートフォンREGZAはなぜか現在地をいまだに把握できないので、ナビも使えない。

 迷わないだけマシだろうと、覚悟を決めて渋谷駅に降り立つ。Chacott店内に入った途端、薄い綺麗な色のレオタードが並んでいのを見ただけで、猛烈な照れくささに襲われ、息絶え絶えにすり抜け階段に出て、ヨガ・ダンスウェアのフロアまで駆け上がってしまう。うう、こっぱずかしいよう。

 なぜだかわからんが、ヨガウェアを見る分には動悸も激しくならないのだった。外部の人から見れば似たように恥ずかしいものだろうに。ある程度「できてる」(素人ですけど)自信があると、こうも違うということなのか。ならばフラも踊れるようになると、あのヒラッヒラの花柄ドレスも着られるようになるんだろうか……。いやあ、無理そうなんだがなあ。

 やっぱりはじめからレオタードは無理じゃないかな。別に着て来いとも言われてないし。とりあえずバレエシューズを買って、それからヨガウェアでほら、パンツの上に履くぴったりしたミニタイトスカートがあるはずなのだが。バレエの巻きスカートみたいにヒラヒラしない奴。スパッツの上にあれ着けたらバレエで着てもおかしくないかも。

 ハンガーにかかったヨガパンツを一つずつ横にずらしながらタイトスカートを探す。あったあった。履いてみると、尻のラインはそれなりにごまかされる。スリットが入っているので、足を開いても大丈夫。よし。値札を返す。
 むう。そこそこのお値段である。こりゃ心配するまでもなく、レオタードはしばらく買えん。上はユニクロのプラキャミで良しとしよう。
 ミニタイトスカートを買ったら、バレエシューズだ。専門フロアに移動し、女性店員さんを捕まえて、はじめてなのですが、と縋りつく。店員さんも慣れたもので、てきぱきと説明をしてくださった。

 

 

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