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2015.05.18

歪さのない至極の作品(桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』)

羽田 圭介

歪さのない至極の作品(桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』)

『それを愛とは呼ばず』
桜木紫乃
幻冬舎刊/1400円(税別)

 

 東京でホテルマン一筋だった亮介は、ビル火災で職を失い故郷の新潟へ戻った。駅前一帯の商業施設を牛耳る「いざわコーポレーション」女社長伊澤章子に拾われ、やがて10歳上の彼女から結婚をせまられる。それから10年、60代の社長であり妻の章子と、50代の副社長で夫の亮介の関係は、順調に続いていった。

 しかしある日、新事業の構想を語っていた章子は、自動車事故で意識を失う。

 もう一人の主人公白川紗希は、日中ひたすら自宅待機をし、夜は銀座の老舗キャバレークラブで働く、売れないタレント。北海道にいた高校一年のときに全国美少女発掘プロジェクト「これが美少女だ」コンテストで準優勝をおさめたのも今は昔。高校卒業後に上京しても、鳴かず飛ばず。権力者に決して身体を開かないというかたくなさもあってか、楽につかめそうなチャンスも逃してきたらしい。

 10年間も単身頑張ってきた紗希はついに、所属事務所を解雇される。タレントという肩書きを失い失意のどん底のままキャバレークラブに出勤した紗希のもとに、どうやら訳ありで新潟から追われたらしい伊澤亮介が客としてやってくる。

 自分より不幸な雰囲気をまとっている亮介と接していると、相対的に自分の不幸が軽く思えてくる。不思議と心安らぐ感覚にとりつかれ、紗希は亮介に会いたいと日々強く思うようになってゆく。

 エンターテインメントに徹した小説を読んで、久しぶりに衝撃を受けた。

 すべてが、見事に抑制されているのだ。

 まず第一に、男女のやりとりによる心象風景がメインになりがちな題材にもかかわらず、地の文や会話文による主観的な感情が必要以上に描かれない。

 かわりに、たとえば〈伊澤が気づいて出てきてくれないかと思う。紗希のいる場所から一階は草に隠れて見えない。坂の半分を過ぎたところで、彼からも紗希が見えないことに気づいた。〉等、地形や風景が立体感をもち細かく描写されることにより、空間とかかわりあう登場人物たちの行動や心理が上品にたちあがるのだ。

 かといって、風景や人物の行動を淡々と描写するような、無機的で硬い文章でもない。気軽にすいすい読める小説はたくさんあれど、必要な情報と空間描写に軸足を据え読み口の軽い小説を作るのは、とんでもなく技術がいる。

 中でも、不動産会社の販売営業社員として亮介が北海道の廃墟リゾートマンションに入る場面は、個人的に一番おもしろい。朽ち果てた空間の描写が見事。

 一般的に小説の書き手は、自分が知らないことに関しては表面的なことだけ書いてなんとかその場をごまかし、それを穴埋めするかのように、自分が知っていることや書きやすいこと、書かなくていいことまで過剰に書いたりしがちである。料理が得意な人は意味もなく料理のシーンを長々と書いたり、僕なんかでいうとどの作品にも勃起したペニスやオナニーシーンが書かれたり。もちろんその過剰さが適している小説や題材もあるが、間口の広いエンターテインメントとして仕上げるためには、その歪さは抑制したほうがいい。

 そして、こんなにも歪さのない小説は、ここ数年読んだことがなかったのではないかと思った。地方都市の風景や、不動産業界事情、売れないタレントの生活、派閥争い、男女間の心の交流等、どれも必要な情報が過不足なく書かれている。

“抑制がきいている”という巧さは、こういった小説のことをさすのかと実感した。

 思いもしなかったグロ描写があったりもする本作は、一筋縄ではいかない。

 恋というものは、定義が広い。自分より弱い者を見て安心する心や、恐怖心や、甘すぎる考えなど、そのどれをもひっくるめて「恋」と言っているだけなのではないか。そんなあやふやさを丁寧に描ききっている本作も、終盤は予想を裏切る展開だ。束の間、なにが起こったのかがわからなくなってしまうほどに。しかし、それは物語の作り手によるご都合主義な展開なのではなく、人間の心の動きを考えれば当然かもしれないと納得できるものである。

 奇をてらったラストにしようとして登場人物たちを動かすのではなく、登場人物たちを丁寧に作り上げていった結果、とんでもない展開になったという必然性や説得力が、きちんとたちあがっているのだ。

 

『ポンツーン』2015年5月号より

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